ニート→ドライブ -32ページ目

昨日のこととか

大人になって初めて赤子をだっこしました。というより持ち上げたというべきか。
もちろん泣かれましたね。全力でイヤイヤされました。やっぱり9ヶ月でもわかるんですな。
異質すぎるモノへの恐怖というか。
「これはなにかが違う」と赤ちゃんも思うんでしょうか。



─────僕、初恋というのは恋の言葉を知ってするモノだと思ってたんです。

好きとか、話したいとか、近くにいたいとか、触れたいとかという感情を言葉で認識できて初めて恋をしている状態を理解することができるのではないかなあと。

初恋がいつの時代であるかは人それぞれあるだろうけど、「相手がはっきりしていること」と「その相手とどうしたいか知っていること」は最低限条件に当てはまるのじゃないですかね。

僕の場合小学生低学年の頃にはなんとなく気になる子とかかわいいと思う子がいて、それを恋というのならそうなんだろうと思うわけです。

しかし、よくよく考えると生物としてはもっとずっとはやく恋をしているはずだと思うんです。
保育所に通っていた2,3歳の頃か、もっと以前に父、母、その他家族以外の生き物に抱き上げられたときとか、そうでなくても託児所の同じぐらいの歳の子か、異性でも同性でも「一緒にいたい」や「触れたい」とかいう感情を抱いたことは、記憶にない時代でもあると思うんです。

でもそれは恋ではない。

相手を認識できていないしいま記憶がないからです。

しかしその感情、一番しっくりくる言葉で表すならやっぱり恋が一番いいように思うのです。

なんだか意味不明だけど、もしかしたら恋には本能的な感情が内包されていて恋を理解できてなくても恋することができるのかもしれないと。
そう考えることもできるのではないかと。
いままでそれは恋じゃないと思っていたことも実は恋で表現できるのかもしれないと。


僕は小学生までほぼ毎年1~2回親戚の家に集まるのが我が一族の習わしだったのです。
自分がドロップアウトした中学時代以降も、僕抜きで続いていたので小学生までというのは自分に限った話なのだけれど。

先日はそのお盆のお墓参りに行ってきたわけですね。
20年ぶりに。
で、20年ぶりに会ったいつも遊び相手だった歳では僕の一つ上の女の子がお母さんになって9ヶ月の赤ちゃんをだっこしながら来ていたわけです。

「わぁ、久しぶりだねぇ」
「うん。20年ぶりかなあ」
「小学生の時以来?20年ぶりに再開するなんて、なんかすごいね。ウフフ」

で、気が付いたのですよ。そうして年に1,2回会うだけだった、僕のはとこにあたる女の子に僕は恋していたのかもしれない。
それは恋とは言えないんだけど、恋と言っても憚られないある感情をもっていたのかもしれないと。

「おうちの前がさあ、今はなくなっちゃったけどガソリンスタンドで。そこでスケボーしたの憶えてる?僕はそれが一番記憶にあるのだけれど」
「ああ、それは憶えてないなあ。でも妹があのころスケボーしてたから。それはあるかもしれないです」
「・・・二人とも僕と歳が近いから良い遊び相手でしたよね。まあ、僕は妹さんのほうが好きだったかな」
「失礼な!」
「あ、あぁ~二人ともかわいいと思ってたよ。ただほら妹さんとは同い年だから…」

妹君はこの日は来てませんでした。
いつか再会する日が来るかもしれないと信じて生き延びる理由ができたと思いましょう。

親戚と会うと自分のルーツが少しだけわかる

本日はお盆の親戚の集まりに行ってきました。

その後ベガルタ-マリノス戦をみてたら遅くなりました。。。

というわけでタイトルに由来する詳しい話はまた明日。



マリノス戦の雑感だけ書き残しておきます。

勝利自体は幸運。仙台の拙攻に助けられた。
小野がアウトする前とあとで攻撃の質が変わってしまったのがショッキングでしたね。まだ17歳の選手にあそこまで依存するとは。。。

両チームとも前半の途中からすでに運動量が少なくなり、はっきりいって凡戦でした。
ミスとファウルも多かったし。
このレベルのゲームがJのデフォになったらいよいよサッカーは危険水域じゃないかしら。

もし原因が暑さにあると断定できるなら(僕はそう思うけど)秋春制移行はまったなしだなと思いました。

区役所へGO

自動車学校の入校に必要な住民票を区役所へ取りに行ったわけだけど、窓口で
「身分を証明する免許証などはありますか?」といわれましたね。
いやいやいや、だからありませんよと。

保険証は持って行ったんだけど顔写真付きじゃないとすぐ出してもらえないみたいです。
顔写真付きだと住基ネット証なんてのがあるみたいだったが持ってないし。というか、住基ネットに入ってませんし。

そこで困っている風にアワアワしていると
「では、ご家族の名前と生年月日どなたかひとりでいいのでお書き下さい」
といわれて、凍り付きましたね~。

生年月日ですと?

10年以上もまともに口聞いてない人の生年月日などしりませんよ。

僕があぁ~と呻きながら電話して聞いてきますといったら

「では、ご家族の名前を全員書いてください」
窓口のおばさま、こういうパターンも結構慣れたモノなんだろうなと思います。
はやく住民票出してあげるからさっさとお書きなさいなという視線をびしびし感じながらうろ覚えの家族の名前を書き出しました。

もの凄いプレッシャーでしたね。これ。

母親の漢字が途中でわからなくなって、すわゲシュタルト崩壊?なんて実は単によく知らないという。
つまり家族の生年月日どころか名前もよく知らないという現実に呆れました。我ながら。

生年月日等帰ってきて聞いておいたけど、今になるとすでに怪しい。。。
父親は戦中、母親は戦後、祖母は大正で弟は4つ下。ぐらいで勘弁してくれないかなあ。

とはいえそれでももらえるものはもらえたので、帰りは徒歩帰宅に挑戦しました。

何故そうなったのかというとお使いが無事終わってたぶんテンションが少し上がってたのと住民票出してもらうのでも300円かかったこと。え、金かかるの!?って。
ちょうどPASMOの中身が尽きて財布に小銭が増えていたことなどでこの際だから歩いて帰るかと。

結果的には歩いて帰ってこられたんですが、正直簡単でなかった。
所詮二駅だからすぐのはずなのだけれど、途中で本気でクラッときて、ここで引き返して電車に乗るかそのまま突き進むかで逡巡したんですよね~。
その折、通りの向こうを背伸びして覗いたら知っているビルが見えたので助かったと。

こういうのあるとほんとダメだなと。ブルっちゃいます。
二駅先の区役所に一人で行って帰ってくるというのを結果的には出来たけど、ギリギリでしたと。
その事実だけが残る。


それとは別の話ですが、レンドルミンが効かないッス。
だんだん寝る時間が後ろにずれてきている(T_T)

新聞に「睡眠薬を手放すには」というのが出ていて「決まった時間だけ床につく習慣をつける」とあったんです。
なるほど!と強く思って、振り返ると自分テレビを見るのも本を読むのもベッドに横になりながらのことが多くて、それがいかんかもと思い部屋をざっくり片づけ座椅子を出して眠る以外の時はそこにいることにしたのです。

しかし関係なかった!
いや、長い目で見ると関係あるかもしれないから続けていこうとは思ってるんだけど、夜10時半にレンドルミン飲んでから2時間ウダウダしちゃって、これから朝起きるのが辛いから起きる時間がだんだん後ろにずれていって・・・ということになりそう。

なにしろ僕ってばここ数年25時間周期で生きたモノで。。。
夜型でも朝型でもなく数週間ごとに入れ代わるようなそういう生活。
1日最低6時間の睡眠時間を確保しないと眠いのと過緊張で日中大変弱るのでしっかり寝たいんだけど、今日からレンドルミン半錠はやめて1錠に戻そうかと思います。

明日はこちらもン十年ぶりにお盆の親戚連中全員集合に参加する予定なので。
気が重いッス。