完璧な写真
先日の親戚集会にてデジカメで写真撮りまくってたんですが、整理したら300枚近くになっていて、プリントサービスに厳選した100枚ぐらいを(苦笑)注文したんだけど、届くのが楽しみで仕方ないです。
見直したらほとんど赤ちゃんとそのお母さんの写真ばっかりだったという、われながらわかりやすい素人カメラマンぶりを発揮したなと思うんだけど、そのなかの数枚が非常に良く撮れていて(傍から見たらたぶん言い過ぎなんだけど)、、
なにこれかわいすぎる!萌え死ぬ!
と思うものもありまして。
ルーブル美術館にそのまま貼ってあっても全員足止めるに違いないとさえ思うような1枚もあったりと。
─────小さな我が子を胸に抱いてそっと見つめる母と、無垢なる意思で自らをただただ母の胸に埋める赤ん坊、守られるべき弱さであるはずなのに、その世界ははっきりとした強さで主張されていて他人が侵せない神域ともいうべきもの、あまりに純粋でしかし壊れないだけの強度のある世界、時間を忘れて見とれるほどの空間を形作っているように思いました。
僕は人生で一番の完璧な美をみたかも。その瞬間を切り抜いたかもしれない。
ブログに載せたいのはやまやまだけど許可もらってないし、こういうご時世だし止めておきます。
あと、これだけは書いておかねばなりませぬ。
僕が写っている写真が一枚もねえよ!!
見直したらほとんど赤ちゃんとそのお母さんの写真ばっかりだったという、われながらわかりやすい素人カメラマンぶりを発揮したなと思うんだけど、そのなかの数枚が非常に良く撮れていて(傍から見たらたぶん言い過ぎなんだけど)、、
なにこれかわいすぎる!萌え死ぬ!
と思うものもありまして。
ルーブル美術館にそのまま貼ってあっても全員足止めるに違いないとさえ思うような1枚もあったりと。
─────小さな我が子を胸に抱いてそっと見つめる母と、無垢なる意思で自らをただただ母の胸に埋める赤ん坊、守られるべき弱さであるはずなのに、その世界ははっきりとした強さで主張されていて他人が侵せない神域ともいうべきもの、あまりに純粋でしかし壊れないだけの強度のある世界、時間を忘れて見とれるほどの空間を形作っているように思いました。
僕は人生で一番の完璧な美をみたかも。その瞬間を切り抜いたかもしれない。
ブログに載せたいのはやまやまだけど許可もらってないし、こういうご時世だし止めておきます。
あと、これだけは書いておかねばなりませぬ。
僕が写っている写真が一枚もねえよ!!
まさかの金持ちが!?
親に自分のルーツを色々探り出して聞いてみたところ、親戚に母親曰く「とんでもねえ金持ち」がいることが判明しました。
どれぐらいの金持ちかっていうと大名が参勤交代の列を作るときそれをもてなす屋敷を持ってる村の長という家柄だそうで、存命中も校長先生から村長まで務めた大人物らしいですよ。
それぐらいで金持ち?と思うかもしれないけど、むしろリアルでしょう。成り上がりの社長とかより「家柄」のほうがスゴイと感じるし。
実際現金はなくても不動産はスゴイらしいし。
ただ残念ながら血のつながりは一切無し。もうほとんど付き合いもないらしくて。ちょっとなにかを期待しちゃった自分が情けないっつうか、アホだなあと。
しかしそんなのは前置きに過ぎず、僕の中でもっと衝撃の事実が判明なんですよ。
自分が直接会って知ってるご先祖は曾祖父曾祖母、ひいおじいさんとひいおばあさんですね、ここまでなんだけど(大抵そうか…)この二人がいってみれば一族の始祖みたいなもので、もちろんその上も続いてずっとあるわけだけど、二人がいろいろあって新潟から神奈川に出てきたのが我が一族の始まりなんですね。
で、そのいろいろってのがどうも駆け落ちらしいという。
大正十年かちょっと前ぐらいの話みたいで。
大正十年というと1921年きな臭い時代ですねえ。
そんななか着の身着のまま(かどうかは知らないけど)若い男女が手に手を取り合って米作り農家(かどうかは知らないけど)から湘南近くの海のそばに出てきたわけですね。昨日まで日本海を見ていた二人が太平洋を眼前にしてなにを思ったんでしょうか。
そして戦争を挟みながら兄弟6人を育て孫6人ひ孫10人をみとめてなくなったと。
そういえばひいおばあさんが脳梗塞かなんかで倒れたあともひいおじいさんは献身的に介護していたっけという記憶がぼんやりと。
「ばあさんには若い頃苦労させてばかりだったからのう。ワシが最後まで面倒みるんじゃ」と言ったかどうかは知らないんだけど、そんなような感じだったみたいですね。
しかしその血筋も生まれた男が少ないので直系本家はすでに断絶決定です。
でもって、血筋的に近くて一番若い男子が今のところ僕なのですってよ。
じゃあ、自分が生きている間はお墓参りぐらいしますわ。
どれぐらいの金持ちかっていうと大名が参勤交代の列を作るときそれをもてなす屋敷を持ってる村の長という家柄だそうで、存命中も校長先生から村長まで務めた大人物らしいですよ。
それぐらいで金持ち?と思うかもしれないけど、むしろリアルでしょう。成り上がりの社長とかより「家柄」のほうがスゴイと感じるし。
実際現金はなくても不動産はスゴイらしいし。
ただ残念ながら血のつながりは一切無し。もうほとんど付き合いもないらしくて。ちょっとなにかを期待しちゃった自分が情けないっつうか、アホだなあと。
しかしそんなのは前置きに過ぎず、僕の中でもっと衝撃の事実が判明なんですよ。
自分が直接会って知ってるご先祖は曾祖父曾祖母、ひいおじいさんとひいおばあさんですね、ここまでなんだけど(大抵そうか…)この二人がいってみれば一族の始祖みたいなもので、もちろんその上も続いてずっとあるわけだけど、二人がいろいろあって新潟から神奈川に出てきたのが我が一族の始まりなんですね。
で、そのいろいろってのがどうも駆け落ちらしいという。
大正十年かちょっと前ぐらいの話みたいで。
大正十年というと1921年きな臭い時代ですねえ。
そんななか着の身着のまま(かどうかは知らないけど)若い男女が手に手を取り合って米作り農家(かどうかは知らないけど)から湘南近くの海のそばに出てきたわけですね。昨日まで日本海を見ていた二人が太平洋を眼前にしてなにを思ったんでしょうか。
そして戦争を挟みながら兄弟6人を育て孫6人ひ孫10人をみとめてなくなったと。
そういえばひいおばあさんが脳梗塞かなんかで倒れたあともひいおじいさんは献身的に介護していたっけという記憶がぼんやりと。
「ばあさんには若い頃苦労させてばかりだったからのう。ワシが最後まで面倒みるんじゃ」と言ったかどうかは知らないんだけど、そんなような感じだったみたいですね。
しかしその血筋も生まれた男が少ないので直系本家はすでに断絶決定です。
でもって、血筋的に近くて一番若い男子が今のところ僕なのですってよ。
じゃあ、自分が生きている間はお墓参りぐらいしますわ。
親戚の家を検索する
マピオンや駅探を駆使して疎遠になっていた親戚の家を検索。
これになんと2時間以上かけるという。。。
会ったときは意外と近いねなんて言っててもやっとのことで検索してみると遠いじゃん!というのが感想。
しかし誰がどこに住んでいるかなどほとんどなにも知らないことそのものより、心の距離感の方が実際の距離よりでかい気がする。
母親とか誰かが知っているだろうと思いこんでいたけど、実はまったくしらないとか、年賀状等が来るはずなんだけどほとんど関心を示していなかったとか。
そっちのほうがなんかショッキングだなぁ。
別にヒトの態度にショックを受けているワケじゃないんだけど、どっかで誰かが繋がりを持っておいてくれるとか、かなり甘い考えですね。
自分自身が保っておかないとなんですよ!
ここしばらくの間、学生時代まで遡って良くしてくれた方々とか、すっかり疎遠になってしまった人たち、心配してくれていたのにこちらは礼を失していたと反省する相手、どうしているかと気になります。
いつか再会できるのかな。
謝りたいッスなあ。謝りたいッス。
知っている人いたら連絡下さいm(_ _)m
これになんと2時間以上かけるという。。。
会ったときは意外と近いねなんて言っててもやっとのことで検索してみると遠いじゃん!というのが感想。
しかし誰がどこに住んでいるかなどほとんどなにも知らないことそのものより、心の距離感の方が実際の距離よりでかい気がする。
母親とか誰かが知っているだろうと思いこんでいたけど、実はまったくしらないとか、年賀状等が来るはずなんだけどほとんど関心を示していなかったとか。
そっちのほうがなんかショッキングだなぁ。
別にヒトの態度にショックを受けているワケじゃないんだけど、どっかで誰かが繋がりを持っておいてくれるとか、かなり甘い考えですね。
自分自身が保っておかないとなんですよ!
ここしばらくの間、学生時代まで遡って良くしてくれた方々とか、すっかり疎遠になってしまった人たち、心配してくれていたのにこちらは礼を失していたと反省する相手、どうしているかと気になります。
いつか再会できるのかな。
謝りたいッスなあ。謝りたいッス。
知っている人いたら連絡下さいm(_ _)m