ニート→ドライブ -27ページ目

小説 - 千日髪

「お死になさいな」
 蠱惑的な誘いに要蔵は動揺する。
「はやく、お死になさいな」
 艶やかな女の声はいつも要蔵の頭の中をぐるりと一周して鼓膜から耳の外へと抜けていく。
 けれども、そうやって外に抜け出ていったはずの声は周囲の誰に聞こえる様子もなく、どうやら聞こえるのは自分だけらしいので、確かに幻聴というのであろうと要蔵は思っていた。
 確かな幻聴というのも変な言い方だが、それをいえばただの幻聴というにはあまりに信実で頭の奥にはっきりと響いてくるのだから要蔵にとってそれは確かなる女の声なのであった。
 むしろ最近ではこう思うのだ。みんなこの声を聞くことができないなんて辛かろうと。
「お死になさいな」
 それでも要蔵はこの声を聞くと激しく動揺する。
 死ねというのでも、死んだらいいのにというのでもない。優しく導かれるように死を誘っている。
 右手の指で自らの顎の先をグシグシとつまみながら
「おお、もう千日経つのか」とつぶやいた。
 要蔵はどうやらこの声が聞こえるのには一定周期の間隔があるのだとわかってきた。
 ならば要蔵は今をもってこの声を聞いても只ひたすらに動揺するだけではない、もはやなにをするかわかっているのだ。
 自分が何をすべきか。
 わかっているのだ。
 おのれの額をペタペタと触りながら何度かうなずく。
 口はへの一文字に曲がり、すべき事を頭の中で反芻する。
「まずは床屋だ」
 要蔵は自らが大切だと思うことは口に出す癖があった。
「その前にこれをどうにかせねばな」
 これとはいま触っている不摂生にムサムサと生える髭である。
「まあ、床屋でどうにかなるか、ならばこれ以外だな」
 といって暗い借家の部屋に消えていった。

「道に落ちていた女がオレに頼みをするのだ」
 要蔵は饒舌に話をしていた。
「女が道に落ちていたというのですかい?」
「おお。オレも最初の頃はまさかと思うたがね。何度も何度も頼みをされたのだ。命乞いのように」
「酒に酔いつぶれた女ですかい?」
「いいや、そうではない。いたって素面だったよ」
「よくないものに追われていたか。逃げていたとか?」
「う~ん。どうだかなあ。そのようにいえばそうなのかもなあ。いやあ、しかしあれは逃げていたというより捨てられた方なのかもしれんな」
「でその道っぱたにいた女に何を頼まれたというのですかい?
「死ねと」
「は?」
「死になさいと」
 床屋のカミソリを持つ手がブルブルと震える。
 研ぎ入れするフリをしてふぃっと息をついた。
 あまりに緊張して仕事が進まないものだから話をしてみようかと思ったのが裏目だった。
 この男はイカれているのではないか。
 左手首で額の汗をぬぐいながらそう思う。

 閉店時間を十分前にして客が途切れたのだ。
 この時期外はまだ明るい。
 けれど時間は時間だ。客が多く来るような日でもない。
 今日は店じまいだなと思った矢先に飛び込んできたのが要蔵だった。
 入って来るなり、まだやっているな?と言われたので、閉店までにはわずかばかり時間があること事実だったから店じまいのことは告げずに要蔵を今日最後の客に決めた。
 へい、旦那どうぞおかけに。いいつつドアノブに「休み」と書いた木札を下げた。
 最後の客だし、ゆっくりと仕事に取りかかればいいだろう。初めての客も丁寧にされて気が悪いわけはない。上手くやって馴染みになってくれれば儲けものかとそう思った。
「旦那、どうぞおかけに」
 どうぞどうぞと、床屋の主人が手を広げる。
 しかし要蔵はその主人の顔をじっと見て、品定めでもするように店の中をぐるりと見回し、また主人をじっと見る。
「おまえ、腕はいいな?」
 そう聞かれてなんと答えたらよいかわからないので
「まあ、ここで二十年やっておりやす」
 とだけいった。
 なんだか変な客だと思ったところ、
「では頼もうか」といいながら、やおらシャツのボタンをプチプチ外し、要蔵はあっという間に半裸になった。
「旦那、床屋は初めてではありますまい?ここは床屋ですぜ。脱ぐ必要はございやせんよ」
「頼みがあるのだ。金なら払う」
「頼みといわれても。ここは髪キリですからねぇ」
「顔も剃るだろう?」
「ええ、カミソリ当てもしておりやす」
「なら、背中を剃ってほしいのだ」
 主人はようよう意味がわからない。
 そのような注文をする客など二十年やってきて初めてだった。
「背中を?」
「金はあるのだ。金なら払う」
「金といわれても」
「五万か十万か?」
 要蔵がズボンのポケットからむき出しの現生を見せる。
 万札が束になっていた。
「え、これでどうだ?頼みを聞いてくれんだろうか?」
 ゴツゴツとした野太い指で札束を弾き五枚数えると主人の方に突き出す。
 頼みといいながら乱暴で不遜な振る舞いだった。

 店主はぐっと息を呑んでいつも通りだと自分に言い聞かせながらカミソリをふるうことだけに神経を集中させる。
 ショリショリとむだ毛がそぎ落ちていく音が店内に響いた。
 じっとりと汗がしみ出し、シャツが皮膚にまとわりついてくるイヤな感触が残る。
 早く仕事を終わらせたかった。
 成り行きで受け取ってしまったが、儲けものだと邪心がよぎらなかったのでもない。
 誰だって現生を目の前に突きつけられれば断れはしまい。貰うものは貰ったならばサッサと仕事を終わらせればいいのだ。
 それだけに集中しよう。そう思えば思うほど、この男のことが気になって仕方がない。
 己では気が付かないが、カミソリの刃先に気持ちを集中しようと思えば思うほど、余計なものが目に入ってくるのだった。
 ────ああ、よく見ると肩や脇の辺りは薄い切り傷でいっぱいだ。
 そこで気が付く。この男にはむだ毛がないのだ。
 生来生えない質なのではない。すべて剃り落としたのだ。
 脇、肩、腕、たぶん脛や腿も剃っているだろう。太く短い指が付いている手の甲まできれいに剃っている。
 だから背中もと、そういうことなのだ。
「これは…」
 と思わず口をついた。
 何か目的でもあるのだろうか。単にむだ毛を不潔だと思っている潔癖な男なのだろうか。
 しかしここまで偏執的になれるものだろうかとも思う。
 女性などはあるのかもしれないが、いや、自分の妻はここまではしていなかった。
 そう考えると床屋の店主はこの得体の知れぬ客に戦慄を憶えずにはいられない。
 鏡越しに目があった。じっと見張っているのだ。自分の仕事ぶりを。
 早く終わらせねばならない。
 この緊張を早く終わらせねばとそれだけを考えるようにして、カミソリを肌の上に滑らせた。

「主人、オレのことを変人だと思うかね?」
 要蔵の声は語尾が不明瞭なので聞き取りにくい。自分の気持ちをいったのか質問なのかわからない。
「え?」
「まあ、そうだろう。オレは変人だな」
 いつの頃からか、いや生まれたときからだ。要蔵はこうして噛み合わない会話をずっと続けてきた。
「オレは誰とも交わらぬ男なのよ。親に捨てられ友もおらず恩師も作らず、目的もないまま日銭を稼いでただただ生きてきた。死んではいないという、ただそれだけの男よ」
「そうですかい。しかし…」
「哀れみなど無用よ。それももうすぐ終わるのだからな。あの女の頼みを聞けば、」
 あの女はこの世にいる。頼みを聞けば話ができるはずだ。
「だが旦那、そのひとはあなたに死ねというのでしょう。それが頼みと。しかしそのような頼みを聞くというのは、いや聞いてはあなたが…」
 要蔵は鼻を鳴らしてニヤリと笑った。
「オレもそこまで馬鹿ではないわ。死になさいといわれて死んでしまえば、終わってしまう。あの女と話すこともできなくなる。だから別の方法があるのよ」
「別の方法ですかい?」
「邪推は要らぬ。手が後ろに回るようなことではないわ。オレに頼みをするあの女は今は生きておらぬのだ」
「い、生きてない?」
「幽霊などとそんなばかげたものではないぞ。オレが思うにアレは、なにかかから逃げてきて、もしかしたら捨てられたのかもしれぬが、ともかく己の置かれた場所がいやだったのだろう。そしてオレの中に入った」
 要蔵は側頭を人差し指の腹でトントンと叩く。
「ここにな」
「頭に?」
「そう、オレの頭の中に住み着いた。そして死になさいといってくる。だが、オレは死ぬつもりなどないのよ。だからこれをアレに移す。こいつを容れ物にいれてやるのよ」
 そうすればこの女と話ができる。
 要蔵はそう思っている。
「背中が終わったのならつぎは顔だ。そしたら床の掃除をするぞ」
「掃除ですと?」
「そうだ。必要なのは千日伸ばしたこの髪の毛よ。頭にのびておる髪の毛なのよ。それ以外混じってはならぬ。そこに落ちている毛という毛は一切混じってはならぬのだ。だから床を掃除して混じらぬようにするのよ。ああ、わかっている。オレも手伝おう」
「掃除はあたしがやりますが、しかし千日伸ばした髪とは?それを切れと?」
「そうだ。千日伸ばし続けたこの髪の毛を使えば、オレの女は喋れるようになるだろう」
 要蔵は興奮と共によどみなく話している。嬉しくて仕方ないのだ。
「以前は別の女の髪を手に入れて試してみたのだ。だがダメだった。あの女が求めているのはオレなのだ。オレの髪が必要ということだ。この髪だけを使えば必ずあの女を思い通りに出来るというものさ」

 要蔵は頭の薄い男だ。
 昨日食べたものすら思い出せぬ。
 なぜならどうでもいいからだ。
 親に捨てられたかもしれない、いや捨てたのだったか、もはやどうでもいいのだ。
 気が付いたら一人で生きていた。
 辛いとは思わない。辛いと思うのは一人じゃなかった頃の記憶がある者だけだろう、あのころは良かった。今よりマシだったと思う気持ちが辛くさせるのだ。
 ならば全て忘れてしまえ。全て捨ててしまえ。
 要蔵は昨日のことなどどうでもいい。先刻のことすらどうでもいいとそう思うこともしばしばだ。
 ただ腹が減るから喰う。眠くなるから寝る。目が覚めるから起きるだけだ。
 生きていくことすらどうでもいい。喰わねばならぬともたいして思わない。
 何かを好きだった記憶もなければ何かに執着していた思い出もない。
 嫌なものも飽いたものも記憶にない。
 ただ生きているそれだけだった。
 それだけだったのだが。
 今にも朽ち果てそうな襤褸アパートの外階段がカツンカツンと音を鳴らす、その音を気に入るようになったのはいつ頃だったか、千日前かそのぐらいだろう。
 足拍子などといってもわかるまい。けれど弾むように段を上ればいい音がする。それが自分の家に帰ってきた合図でもある。この音が聞こえているのかと思うと心の臓まで弾むようだった。
 要蔵がこの襤褸アパートを自分の家だと思うようになったのも千日ぐらい前からのことだろう。
 雨露が凌げればどうでもよかった家である。いや、凌げなくたってよかったのだ。現に要蔵はそんな場所で暮らしていたこともある。
 借家に住まうのも日銭を得るため確かな住所が必要だからというだけのことだった。
 別にどこに住もうがどうでもよかった。
 しかし今は違う。
 四畳半一間で風呂のない借家が要蔵にとっての「家」だった。そんな感覚を覚えるようになったのだ。
 あいつのおかげで。
「帰ったぞ」
 鍵はかけていない。
 つっかけを飛ばしながら、おおっと声を出してみる。
 闇の奥から返事はない。
 いつものことだ。
「今日はハレの日になるな」
 天井からぶら下がる紐を引っ張ると白熱電球がジリジリと熱を帯びる。
 要蔵の世界は明るさを取り戻した。
 ちゃぶ台の中央に坐すサレコウベのおかげで。
「どうしておった?今帰ったぞ」
 答えはせぬどくろの頭に語りかけた。

 あの感触だけは今でも思い出せる。
 あの日だけははっきりと記憶に残っている。
 ツルハシをふるった要蔵の手に堅いものが当たったときいつもなら気にも留めないか、面倒な仕事を放棄するかのどちらかだったろうが、その日は何故か気になった。
 腰をかがめて闇夜の土塊に目を凝らすと女が覗いていたのだ。
 土の中から顔を半分だけ出してこちらを見ていた。片方の目から下は土に埋まって、一つの目だけで要蔵を凝視していた。
 六割方むき出しになっている頭骨に皮膚の組織が癒着して長い髪の毛が何本かついていた。それも土で汚れていたが、パラパラと付いているだけの髪の毛はしなやかで艶やかでスルスルとのびていた。ライトか月明かりかキラキラと光を反射して綺麗なものだったのだ。ずっと土に埋まっていたのに不思議だった。
 要蔵は助けてやるぞと思った。
 いやさ、それが生身のものではないとすでにわかっていたから、命を助けるとかそういうことではない。この汚い土塊から外に出してやろう光の当たるところに出してやろうと勝手に思ったのだ。
「今、救い出してやる」
 そういいながら、要蔵は周りの目を気にしつつ、己の手でザクザクと土を除ける。丁寧に壊れないように土を掻き出し、ようやく掘り出した土まみれのサレコウベをそっと優しく懐にしまった。
 懐に入れて「これでもう大丈夫だぞ」とつぶやいた。
 土と骨はひんやりとしていた。今でも思い出せる。要蔵の心は生まれて初めて温まったのだ。

 骨は骨だ。生きてはおらぬ。
 骨は灰褐色で無機質で冷たいモノだ。
 空っぽでスカスカで、眼窩を覗けば空洞が広がっているだけだ。
 上あごと下あごはバラバラで顎門は食い違い、無理に合わせてもカタカタと鳴るだけだった。
 自宅の流し台でサレコウベにまとわりついた泥土を落としながら、なんでもないモノだ。価値のないモノだと思ったのだ。
 それでも愛しかった。悲しいとか恐ろしいとか、残酷だ可哀想だなどとは思わなかったけれど。洗えば洗うほどにツルツルとした感触が心地よかった。
 指先でなぜると感じる表面の細かな凹凸が気持ちよかった。
 そうかオレが愛しいと思うのならばそれは価値あるモノなのか。これはオレのモノだ。
 それからずっと見ていた。
 髑髏の頭を毎日眺めて、骨を愛でた。
 あぐらをかいて股ぐらにそれを納めて頭をなぜて撫で回して、見た。
 それが要蔵の日課になり、それで要蔵は生きる心地がした。

 それも変わる日が来る。

 要蔵の襤褸アパートは不潔きわまりない。
 要蔵が不摂生のせいもあるがそういう造りでもあったのだ。
 部屋にカビが生えているのが常套だし、壁や天井はすすけて色も変わり畳はすり切れほうだいだった。
 要蔵が愛で続けたサレコウベは徐々に変質していった。
 洗ったばかりの頃は乳白色に近い色をしていたが、だんだんと黒ずんで触ると粉っぽいものが指にまとわりつくようになった。風化しているのだ。
 いつものようにあぐらの真ん中でサレコウベをさすっているとき、ふと気になった。
 サレコウベの頭に張り付いていた皮膚の組織がはがれかかっている、和紙を一枚剥くように端から捲れて、皮膚が頭から剥離しかかっていた。
 要蔵はそれがどうしても気になって指でこするとはらりと落ちた。
 皮膚が髪の毛ごと落ちた。
 驚いたが止まらなかった。触ると、髪が落ちる。触っては落ちる。
 気が付くと髑髏はただの髑髏になっていた。
 要蔵はああと嗚咽を漏らし、うぅと呻いて、いつの間にか泣いていた。
 すまない、すまないと声にならぬ声でわびながら、むせび泣いた。
 要蔵は知らないが、女の声が聞こえるようになったのはそれからだ。
「お死になさい」
「すまない、すまない。許しておくれ」
「はやく、お死になさい」
「どうしたら許してくれるか?どうしたら…」

 骨は生きていない。
 しかし髪の毛は生きているだろう。皮膚が生きているのだからそこから伸びる髪というのは生きているのだろう。
 ある日、五十㎝あるかというひとつかみの髪の束を手に入れた。そのとき確信したのだ。
 どこぞの名も知らぬ女の髪だったが、まっすぐ伸びて美しかった。なにごとにも感動を得ない要蔵でさえ美しいと思ったのだ。
 生きているのに違いない。
 現にそれは伸びたり縮んだりする。
 その日によってはりがあったりなかったりする。
 金をかけて手に入れたものなのだ。それこそが生きているという証ではないのか。
 髑髏を売っている店などないだろう。
 皆が価値あるものだとしているのだから、きっと生きているのだ。たとえそれが人間から切り離されたものだとしても、不完全なものだとしても、辛うじてしばらくの間は生きているのだ。

 しかし漸く手に入れたそれは足らないものだった。
 新鮮さが足らないのか、量が足らないのか、ともかくダメだったのだ。赦されなかったのだ。要蔵の頭にはますますはっきりと女の声が聞こえるようになった。
 だから、己が髪の毛なのだ。己の髪の毛が必要なのだ。

「これでおまえも許してくれるな?」
 小さな紙袋を取り出してサレコウベの真上に掲げる。
 円いちゃぶ台の中央で黙して留まるただの骨はそこだけ時間が止まっているようだった。だが実際にはゆっくりと風化している。
 この骨も骨である以上、生きていないとなれば時の刻みとともにただ風化して、いずれ砂になる。
 生無きモノはいずれ朽ちる。朽ちてしまえばそれまでだ。
 しかし生きていさえすれば、生き物であれば主張ができる。万物生きていれば主張できる。
 虫どもは鳥に啄まれ草木を食む、トカゲは魚と食い合い、獣達は蹂躙する、生きていれば食って出す。食って出せば微生物も殖えるのだ。そうして万物に影響を及ぼす。それが主張だと思う。
 それが己が生きている証だと思う。
 たとえ身体が朽ち果てたとしても残るものがあるではないか。
 周りに、木に水に空気に影響を及ぼせば、それが何かとして残る。きっと残る。
 要蔵は知っているのだ。
 だから死なずに生きている。
 ただただ無為に生きているだけだとしても生きてはいるのだ。
 それで何かが残るだろう。それがカスみたいなものだとしても、身体は砂粒に灰燼に帰したとしても、なにかわからなくても、何かが残るに違いない。それが生というものだ。
「そうであろう?」
 と空洞に同意を求める。
「おまえは生きておったよな?オレが殺してしまったのだ。それまでは生きておったのだろう?」
「だから頼む、一言、許してやろうと、それだけでいいのだ」
 持ち上げた紙袋をサッと逆さまにする。   
「オレはおまえを愛しておったよ。だから許してくれと頼むのだ。そうしてくれたら墓を作ろう。立派にこさえて線香を上げて手向けに花を飾ってやろう。好きなモノに生まれ変わるが良い」
 要蔵が逆さまにした紙袋の中からヒュルヒュルとそれは細いひねくれ曲がった毛のようなものが落ちてくる。
「どうだい?」
 要蔵は自分の頭をつるりとなぜた。
 髑髏の頭に降り注ぐ。
 さっきまで要蔵の頭に乗っかっていた白髪交じりの薄い毛は、髑髏の頭に乗っかってスッと融けたように見えた。
 何もない。
 要蔵は空っぽのサレコウベを凝視する。
 不安で不安で仕方がなかった。
 涙が頬を伝った。
 しかして女がいう。

「お 死 に な さ い な」
 要蔵に。
「お 死 に な さ い な」
 何遍も。
「お 死 に な さ い な」
 幾十も。
「お 死 に な さ い な」
 止め処なく。
「お 死 に な さ い な」
 果てもなく。
「お 死 に な さ い な」
 ツラツラと。
「お 死 に な さ い な」
 ツラツラと。

「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「お 死 に な さ い な」
「は や く 、 お 死 に な さ い な」

 何度も何度も何度も何度も、頭に響いて、ぐるぐる回って、止みはしない。
 何故だ?
 どうして赦してくれないのだ?
 要蔵は「何故だ!」と怒鳴り、ちゃぶ台を力の限り拳で叩いて立ち上がる。
 弾みで下あごの骨が床に転がった。
 要蔵は両の手でサレコウベをがっちり掴む。
「何故だ!」
「お死になさいな」
 真正面に向き合ったサレコウベはそう言った。
 ああ、そこでわかる。
 見られていた。ずっと見られていたのだ。
 見ていたのではなかった。
 眼窩の奥に、奥に行きしな闇の奥に。ずっとずっと見られていた。
 これもまた生きておるのか。 
「あ、ああ、オレは、オレは…赦しておくれ」
 後ずさって、畳の縁に踵をとられる。
 体勢を立て直そうとしたが己の足同士が絡んで縺れる。
 掴んだサレコウベを離すわけにはいかなかった。
 要蔵が愛した女。
 その女を離したくなかった。
 受け身もとらず前向きにドサリと倒れる。
 畳から埃が舞う。
 首筋に鋭い痛みが走った。
「生きている」
 温かい。
「やはり生きておるのじゃないか」
 動けない。いや、動きたくないのだ。
 畳に接した肩が温かい。胸が、腹が温かい。
 この女の熱に違いない。
 生きているから温かいのだ。
 要蔵が把持したままのサレコウベは首筋を咬むようにして守られる。
 愛しい女の頭を胸に埋めるよう、そっと優しく抱いていた。
 ゆっくりゆっくりと朱い液体が畳を朱に染める。
 血。
「血を流すか。生きておるのだから当然よ」
 要蔵がはね除けた下あごの骨が、要蔵の身体の下で鋭い刃物となって首筋の動脈を切り裂いていた。
「オレを許してくれるかい?」
 もう声にならない。口の中でつぶやいただけだ。
 サレコウベを抱く力も入らなくなる。
 コトリと畳に落ちた髑髏は真っ赤に染まった。
「うふふふふふ」
 女の笑い声が要蔵の頭をぐるぐると回っていた。
                           了

希望のない奇跡を待ってどうなるの?

ふられた相手と映画まで見てきました。

ずっと前からの約束だったという一点張りで無理を言いました。
行ってくれる優しさにほだされるのが辛いところでもあるのだけれど、そんな優しい人をさんざいじめて泣かせました。

女々しいししつこいし、気持ち悪いし情けないし、それは酷いものです。

わかっているんだけど、訴えなければならない気がして、人として最低、男としては最悪だったでしょう。


でも、どうしても思うのは自分がなにものかになれたとして、そのとき彼女が側にいてくれない人生などなんになるのかということ。
そんなものに意味があるのか、わからないのです。


─────十年前の思い出。

ある駅で僕は上り電車に彼女は下り電車に乗って別れるのでした。
二人で切符を買ったとき(その頃まだスイカ等ない時代)、酷いイタズラで発券機のお釣り受け皿に唾液を混入されていたんですね。
で、彼女は気付かず、そのどこの誰だかの唾液まみれの小銭を拾い上げたんだけど、当然死ぬほど厭な気持ちになります。
一通り騒ぐ彼女をなだめてトイレに送って「手をよく洗っておいで」と。
しかし戻ってきても半べそで嫌がっていて、この手を切り離してしまいたいぐらいに嫌がるので、可哀想だと思いつつもしてやれることはなかったんだけど、その様があまりにあまりだったので、僕は慰めぐらいのつもりで彼女の手のひらを舐めたんです。
棒付きキャンディーをなめるみたいにぺろんっと。

笑顔を取り戻した彼女はもう大丈夫と、あなたって(たぶん発想が)ほんとスゴイわって。
まあね、といって僕も笑いました。


もう二度と戻らないかもしれない甘い思い出。

京都サンガ-横浜Fマリノス 1-2

各所から前後半のパフォーマンスに差がありすぎると悲鳴が聞こえてきますね。
本来ミドルフィールドを得意としてパフォーマンスの主戦場にするチームほどこの季節の暑さは応えているみたい。
ガンバ好調のような例外もあるけど、概ね一定以上のパフォーマンスの持続ができないですね。

観ている方も辛いしこの時期の開催、しかもワールドカップのせいで週2試合とかいう無茶苦茶なスケジュールは早いところ見直して欲しいです。


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J1第20節 京都サンガ-横浜Fマリノス 1-2

前半はマリノスのもの、後半はサンガでした。
前半守りきって後半勝負というつもりの秋田監督だったかもしれないけど、縦に並んだドイスボランチのワイパー役だった松田が攻撃時に幅広く動くものだから捉まえきれず、ボールの出し手がシュンスケ以外にも増えて、バイタルでコントロールされるモノだから仕方なくラインが下がって、人数はいるのにマークがはっきりしないという典型的な失点パターンにはまっていました。

得点はその松田から中央ニア側の坂田へのクロスをオウンゴールでマリノス先制。
しかしここから得点に対する執着心をなくすのが今のマリノスですね。
千真は運動量が少なくポストに絡めれば精度があるのにタッチ数自体が少なく存在感薄いし、シュンスケは正確なキックを出して好調を維持していたけど、全体にシュートチャンスが少なすぎでした。

京都は松田のマークに混乱しっぱなしで緊急システム変更なども試みていたけど、効果があったようには見えませんでした。
後半横浜が萎えたのは自分たちから流れを手放したというのが正確でしょう。

決められるときに決めなければやられるのがサッカーの常套で後半19分で失点。
さらに攻められる攻められる。

このゲームで一番よかったのはそれでも耐えたディフェンス陣と攻撃に出るディフェンス陣でしたね。
つまりディフェンスの、前に向かう頑張りを前線の選手が無に帰すというちぐはぐっぷりでした。(最近こういうのほんとに多いんだけど)

失点後勝ち点は失いたくないなぁがみえみえのマリノスベンチの交代策は千真→山瀬、坂田→マナブ、松田→河合。
復帰のマナブと河合はここで調整できたらぐらいの感じだったでしょう。
しかしロスタイムでまさかの河合→山瀬→河合と渡って決勝ゴール。
幸運は幸運だけどいずれも途中交代の選手と考えれば和司監督の勘ピュータ的中といったところです。

これは去年までの木村監督との大きな違いで今シーズンは意外と後半の踏ん張りで勝ち点を拾うことが多いマリノス。
次節ホームで連勝、苦手新潟をちゃぶってジャンプアップですぞ。