横浜Fマリノス-アルビレックス新潟 3-0
この試合の前にセリエA第1節ローマ-チェゼーナをテレビ観戦して運動量というお題目が現代サッカーの重しになっているとしか思えないと。
トッティが素晴らしいプレイをしてもチェゼーナにかっちり守られればどうしようもないというのも運動量だし、その上でチェゼーナが時折鋭いカウンターを繰り出すのも運動量だし、チェゼーナに移籍した長友がもしかしたら現代サッカーの最先端の選手かもしれないと錯覚してしまうぐらいサッカーそのものが運動量に支配されているなと感じました。
それは後半のチェゼーナの疲れっぷりと疲れてからなにもできないのをみても強く感じたことです。
とはいえ運動量、走力のないサッカーがそれで良いわけないのも確かなんだけれど。
─────────
Jリーグ・J1第21節 横浜Fマリノス-アルビレックス新潟 3-0
新潟の反発力のなさが驚きでした。
去年もこの時期にペドロ・ジュニオールをガンバに引き抜かれて失速した記憶が、矢野のフライブルグ移籍で甦ったのか甦ったのならなぜポジティブに対応できないのか不思議ですね。
戦前の予想は好調新潟が攻めてマリノス苦戦でした。
マリノスのフォワードが前節から変更、山瀬、復帰の小野が先発、千真がベンチ外で狩野は7試合ぶりのベンチ入り。
それ以外は同じメンバー。
キックオフ後は予想通り早速新潟が距離感の良い小粋なパス交換で横浜を攻めてミシェウがクロスバー直撃のシュートを繰り出します。
両チームには明らかな「チーム力の差」を感じましたね。
しかしここからマリノスのツーボランチ、マツとオグがリトリートで守備の対応をはじめます。
横並びで待ちかまえるせいでバイタルで相手選手に前を向かれるんだけど、ミシェウとマルシオ・リシャルデスにボールを入れないことプレーさせないことを徹底するようになってから、新潟の攻撃がペースダウン。
チョ・ヨンチョルの縦の突破も天野と勇蔵のコンビネーションで封じることができたので、20分過ぎからは横浜がペースを握ります。
サイドに基点を作れないあたりに矢野不在の大きさを感じました。
30分過ぎに山瀬の決定的なヘディングシュートが枠外。
山瀬はヘディング上手くないのだけれどこれは決めないといけませんでした。要練習ですね。
直後から、激しく動くようになってお互い2~3度のチャンスメイク。
しかし得点は動かず後半へ。
後半も横浜ペースのまま始まりました。
というよりここから新潟はまったく無抵抗の無策で、運動量もどんどん落ちていきましたね。
後半1分、シュンスケ-山瀬で先制点。
このゲームのシュンスケは最高のデキでした。もしかしたらセルティック退団後で最高のゲームだったかもしれない。ここ数試合のコンディションの良さが続いているとともに、ホームで勝てない、苦手新潟、という条件が危機感をもたらしたのは明かで、シュンスケ以外のベテラン選手もとにかく気合いが入ってましたね。
横浜にほぼ危険な場面もなく25分が経過し、シュンスケの右足シュートで追加点。
ゲームの行方が決定しました。
最後はコーナーキックからアーリアのごっつぁんゴールも決まってお祭りでした。
マリノスの勝因は精神面とフィジカルコンディションの充実、新潟の高めのフラットなディフェンスラインにたいして広く動けるスピードがあるツートップを採用したこと、必ずしもコンビネーションが高いわけじゃないけど裏への飛び出しと、足下で受けてからのドリブルが効果的でした。
また、このゲームの主審は腕を使ったプレーを流し気味でこれもマリノスには優位に働いたかもしれません。フィジカルの差とその結果のテクニックで上回りましたね。
次から川崎、名古屋とアウェー2連戦なのでここを連勝で超えれば優勝争いに絡めます。
頑張ってほしいところ。
トッティが素晴らしいプレイをしてもチェゼーナにかっちり守られればどうしようもないというのも運動量だし、その上でチェゼーナが時折鋭いカウンターを繰り出すのも運動量だし、チェゼーナに移籍した長友がもしかしたら現代サッカーの最先端の選手かもしれないと錯覚してしまうぐらいサッカーそのものが運動量に支配されているなと感じました。
それは後半のチェゼーナの疲れっぷりと疲れてからなにもできないのをみても強く感じたことです。
とはいえ運動量、走力のないサッカーがそれで良いわけないのも確かなんだけれど。
─────────
Jリーグ・J1第21節 横浜Fマリノス-アルビレックス新潟 3-0
新潟の反発力のなさが驚きでした。
去年もこの時期にペドロ・ジュニオールをガンバに引き抜かれて失速した記憶が、矢野のフライブルグ移籍で甦ったのか甦ったのならなぜポジティブに対応できないのか不思議ですね。
戦前の予想は好調新潟が攻めてマリノス苦戦でした。
マリノスのフォワードが前節から変更、山瀬、復帰の小野が先発、千真がベンチ外で狩野は7試合ぶりのベンチ入り。
それ以外は同じメンバー。
キックオフ後は予想通り早速新潟が距離感の良い小粋なパス交換で横浜を攻めてミシェウがクロスバー直撃のシュートを繰り出します。
両チームには明らかな「チーム力の差」を感じましたね。
しかしここからマリノスのツーボランチ、マツとオグがリトリートで守備の対応をはじめます。
横並びで待ちかまえるせいでバイタルで相手選手に前を向かれるんだけど、ミシェウとマルシオ・リシャルデスにボールを入れないことプレーさせないことを徹底するようになってから、新潟の攻撃がペースダウン。
チョ・ヨンチョルの縦の突破も天野と勇蔵のコンビネーションで封じることができたので、20分過ぎからは横浜がペースを握ります。
サイドに基点を作れないあたりに矢野不在の大きさを感じました。
30分過ぎに山瀬の決定的なヘディングシュートが枠外。
山瀬はヘディング上手くないのだけれどこれは決めないといけませんでした。要練習ですね。
直後から、激しく動くようになってお互い2~3度のチャンスメイク。
しかし得点は動かず後半へ。
後半も横浜ペースのまま始まりました。
というよりここから新潟はまったく無抵抗の無策で、運動量もどんどん落ちていきましたね。
後半1分、シュンスケ-山瀬で先制点。
このゲームのシュンスケは最高のデキでした。もしかしたらセルティック退団後で最高のゲームだったかもしれない。ここ数試合のコンディションの良さが続いているとともに、ホームで勝てない、苦手新潟、という条件が危機感をもたらしたのは明かで、シュンスケ以外のベテラン選手もとにかく気合いが入ってましたね。
横浜にほぼ危険な場面もなく25分が経過し、シュンスケの右足シュートで追加点。
ゲームの行方が決定しました。
最後はコーナーキックからアーリアのごっつぁんゴールも決まってお祭りでした。
マリノスの勝因は精神面とフィジカルコンディションの充実、新潟の高めのフラットなディフェンスラインにたいして広く動けるスピードがあるツートップを採用したこと、必ずしもコンビネーションが高いわけじゃないけど裏への飛び出しと、足下で受けてからのドリブルが効果的でした。
また、このゲームの主審は腕を使ったプレーを流し気味でこれもマリノスには優位に働いたかもしれません。フィジカルの差とその結果のテクニックで上回りましたね。
次から川崎、名古屋とアウェー2連戦なのでここを連勝で超えれば優勝争いに絡めます。
頑張ってほしいところ。
般若心経
最近読んでいる本より
「ねぇねぇ、ちょっと聞いてよ。シャーリープトラ」
「『ある』って『ない』のと同じなんだよー」
「『ない』も『ある』と一緒なんだよー」
「『ある』と思ってるでしょ?実はそれって『ない』んだよー」
「『ない』と思うと『ある』ってこともあるんだよー」
「だ~か~ら、ね。シャーリープトラ」
「在るものはぜーんぶ『ない』んだって」
「生きるも死ぬもないし、目も耳も鼻も舌も体も心もないし、目で見る世界もないし、心に思う世界もないんだよー」
「人の心のはたらきっていろいろあるじゃん?でもね、そのどれもないんだ。それでそのはたらきがなくなることもないんだよー」
「年取って死ぬ苦しみもないんだよー。年取って死ぬ苦しみがなくなることもないんだよー」
「人が生きてるといろいろ苦しいことってあるけどさ、そのどれもないんだよねー」
「でも苦しいのがなくなることも、またないんだよー」
「苦しいのを作り出す迷いもないんだよー」
「苦しみとか迷いとか、いつかなくなったらいいな、なんて希望もないんだよー」
「だからなくそうなんて努力もないんだよー」
「『知る』こともないし『得る』こともないし、だからなんにも得られないんだよ?」
「だからーそれでね、みんなね、心にこだわるものがなくなるんだよ。みーんななくなるんだよー」
「恐怖を感じることもなくなるんだー」
「100パーセント迷いから離れるんだー。苦がなくなって、心がすみきるじゃん」
「それでね、昨日も今も明日もね、ちえにしたがって生きてきた人たちは、いつだってはっきり目覚めることができるんだ」
「般若心経なんだよ。覚えておいてね」
─────── 伊藤比呂美 著 『読み解き 般若心経』 より抜粋(一部改変してます。ごめんなさい。改変してないのを気になった人は手にとって読んでください)読み解き「般若心経」/伊藤 比呂美

¥1,680
Amazon.co.jp
「ねぇねぇ、ちょっと聞いてよ。シャーリープトラ」
「『ある』って『ない』のと同じなんだよー」
「『ない』も『ある』と一緒なんだよー」
「『ある』と思ってるでしょ?実はそれって『ない』んだよー」
「『ない』と思うと『ある』ってこともあるんだよー」
「だ~か~ら、ね。シャーリープトラ」
「在るものはぜーんぶ『ない』んだって」
「生きるも死ぬもないし、目も耳も鼻も舌も体も心もないし、目で見る世界もないし、心に思う世界もないんだよー」
「人の心のはたらきっていろいろあるじゃん?でもね、そのどれもないんだ。それでそのはたらきがなくなることもないんだよー」
「年取って死ぬ苦しみもないんだよー。年取って死ぬ苦しみがなくなることもないんだよー」
「人が生きてるといろいろ苦しいことってあるけどさ、そのどれもないんだよねー」
「でも苦しいのがなくなることも、またないんだよー」
「苦しいのを作り出す迷いもないんだよー」
「苦しみとか迷いとか、いつかなくなったらいいな、なんて希望もないんだよー」
「だからなくそうなんて努力もないんだよー」
「『知る』こともないし『得る』こともないし、だからなんにも得られないんだよ?」
「だからーそれでね、みんなね、心にこだわるものがなくなるんだよ。みーんななくなるんだよー」
「恐怖を感じることもなくなるんだー」
「100パーセント迷いから離れるんだー。苦がなくなって、心がすみきるじゃん」
「それでね、昨日も今も明日もね、ちえにしたがって生きてきた人たちは、いつだってはっきり目覚めることができるんだ」
「般若心経なんだよ。覚えておいてね」
─────── 伊藤比呂美 著 『読み解き 般若心経』 より抜粋(一部改変してます。ごめんなさい。改変してないのを気になった人は手にとって読んでください)読み解き「般若心経」/伊藤 比呂美

¥1,680
Amazon.co.jp
アメリカじゃないんだから!
死刑場が公開されたのはちょっとした衝撃でした。
あそこで現実に何人もの人間が殺されているという、それを目の当たりにする衝撃。
でもそれ以上に案外普通、そして結構良く考えられているもんだということ。
確かマイケル・ムーアの映画かテレビシリーズだったと思うけど(たぶん)テキサス州の死刑の様子を撮影しているシーンがあって、ありふれたアメリカ映画の精神科の入院病棟のような部屋、例えばカッコーの巣の上でみたいな、全面白いタイル張りで装飾なぞなにもなくただ無機質というだけの部屋が、一枚の大きな鏡(たぶんマジックミラー)で仕切られていて、それは被害者が死刑執行に立ち会うために、加害者が薬物を注射され死に行く様を見届けることができるためにある刑場だったのだけれど、あのシーンを観たときに感じた緊張感とむごさを考えたら、日本の刑場のなんと温もりのあることよと、そう思うのです。
死刑なんてどう考えても人権無視の刑事罰なんて一刻も早く止めるべきなんだけど、あの刑場の人権にギリギリ配慮していますという様はなんとも変だし可笑しくさえあり、それを改めて突きつけられると、じゃあ一体死刑ってなんのためにやってるのさ?と誰にどう訴えていいのかもわからなくなってきますね。
慣習でああなってしまったものを誰が否定すればいいんだろうかと。
死刑そのものが必要ないというのなら施設そのものが必要ないし、
死刑囚に人権なんてない、さっさと殺してしまえと言うならあそこまでの配慮も施設もいらないし。
死刑は必要だけど死刑囚の人権も守られるべき、で結果ああなったのなら馬鹿馬鹿しいというほかない。
今は誰があの部屋とシステムを設計して作ったのかとても気になります。
設計者は知っていただろうけど、果たして施工した現場の人たちは死刑場だと知っていたのかなとか。
設計者はどういう気持ちで設計したのかとか。あれでよかったのか、葛藤はなかったのか。とても気になりますね。
─────そして、まったく関係がないけれど、自動車教習実技2時間目で学校場内の運転場にて、交差点を右折したら何も考えずそのまま反対車線に入ってしまいました。
教官から「ここはアメリカじゃないんだからね~」と言われましたよ。
確かに。と答えました。
あそこで現実に何人もの人間が殺されているという、それを目の当たりにする衝撃。
でもそれ以上に案外普通、そして結構良く考えられているもんだということ。
確かマイケル・ムーアの映画かテレビシリーズだったと思うけど(たぶん)テキサス州の死刑の様子を撮影しているシーンがあって、ありふれたアメリカ映画の精神科の入院病棟のような部屋、例えばカッコーの巣の上でみたいな、全面白いタイル張りで装飾なぞなにもなくただ無機質というだけの部屋が、一枚の大きな鏡(たぶんマジックミラー)で仕切られていて、それは被害者が死刑執行に立ち会うために、加害者が薬物を注射され死に行く様を見届けることができるためにある刑場だったのだけれど、あのシーンを観たときに感じた緊張感とむごさを考えたら、日本の刑場のなんと温もりのあることよと、そう思うのです。
死刑なんてどう考えても人権無視の刑事罰なんて一刻も早く止めるべきなんだけど、あの刑場の人権にギリギリ配慮していますという様はなんとも変だし可笑しくさえあり、それを改めて突きつけられると、じゃあ一体死刑ってなんのためにやってるのさ?と誰にどう訴えていいのかもわからなくなってきますね。
慣習でああなってしまったものを誰が否定すればいいんだろうかと。
死刑そのものが必要ないというのなら施設そのものが必要ないし、
死刑囚に人権なんてない、さっさと殺してしまえと言うならあそこまでの配慮も施設もいらないし。
死刑は必要だけど死刑囚の人権も守られるべき、で結果ああなったのなら馬鹿馬鹿しいというほかない。
今は誰があの部屋とシステムを設計して作ったのかとても気になります。
設計者は知っていただろうけど、果たして施工した現場の人たちは死刑場だと知っていたのかなとか。
設計者はどういう気持ちで設計したのかとか。あれでよかったのか、葛藤はなかったのか。とても気になりますね。
─────そして、まったく関係がないけれど、自動車教習実技2時間目で学校場内の運転場にて、交差点を右折したら何も考えずそのまま反対車線に入ってしまいました。
教官から「ここはアメリカじゃないんだからね~」と言われましたよ。
確かに。と答えました。