月の女傑〜『力道山未亡人』おすすめポイント10コ〜 | ジャスト日本のプロレス考察日誌

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恒例企画「プロレス本を読んで感じたおすすめポイント10コ」シリーズ。今回が66回目です。このシリーズはライターの池田園子さんが以前、「旅とプロレス 小倉でしてきた活動10コ」という記事を書かれていまして、池田さんがこの記事の書き方の参考にしたのがはあちゅうさんの「旅で私がした10のことシリーズ」という記事。つまり、このシリーズはサンプリングのサンプリング。私がおすすめプロレス本を読んで感じたおすすめポイント10コをご紹介したいと思います。


さて今回、皆さんにご紹介するプロレス本はこちらです。

第30回小学館ノンフィクション大賞受賞作

“戦後復興のシンボル”力道山が他界して60年。

妻・田中敬子は80歳を越えた今も亡き夫の想い出を語り歩く。

しかし、夫の死後、22歳にして5つの会社の社長に就任、30億円もの負債を背負い、4人の子の母親となった「その後の人生」についてはほとんど語られていない──。

〈未亡人である敬子には、相続を放棄する手もあった。
しかし、それは考えなかった。
「そんなことを、主人は絶対に望んでないって思ったんです」
敬子は社長を引き受けることにした〉(本文より)

「力道山未亡人」として好奇の視線に晒され、男性社会の洗礼を浴び、プロレスという特殊な業界に翻弄されながら、昭和・平成・令和と生きた、一人の女性の数奇な半生を紐解く傑作ノンフィクション!

選考委員絶賛!
●辻村深月氏(作家)
「未亡人・敬子さんの人柄がくらくらするほど魅力的」
●星野博美氏(ノンフィクション作家)
「戦後日本の闇の深さを際立たせることに成功した。過去と現在がうまく共存し、そこから日本の変遷が透けて見えた」
●白石和彌氏(映画監督)
「アントニオ猪木や周りの人との関わりも、プロレスファンが読んでも堪らなかった」


【編集担当からのおすすめ情報】
国民的スターとの幸せな結婚生活はわずか「半年」。
22歳で30億円もの負債を背負った「未亡人」――。
何とも壮絶な人物を想像しますが、選考委員・星野博美氏が評したように
田中敬子さんは”フワフワ”していてとてもチャーミングな女性です。

そんな敬子さんの激動の半生を細緻に描いた本作は「第30回小学館ノンフィクション大賞」を受賞しました。老若男女問わず、多くの方に読んでいただきたい1冊です。

【著者】

細田昌志

1971年岡山市生まれ、鳥取市育ち。
鳥取城北高校卒業。リングアナウンサー、CSキャスター、放送作家を経て作家に。

2021年『沢村忠に真空を飛ばせた男』(新潮社)が第43回講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞。
2023年『力道山未亡人』で第30回小学館ノンフィクション賞大賞を受賞。






今回は2023年に小学館さんから発売されました細田昌志さんの『力道山未亡人』を紹介させていただきます。


「日本プロレス界の父」「国民的英雄」力道山の未亡人・田中敬子さん(以下・敬子さん)の数奇な人生を音楽プロデューサー松尾潔さん曰く「格闘技界と芸能界を自在に行き来するノンフィクションの賞獲り男」細田昌志さんが見事に書き上げた一冊です。

発売前から話題になっていた『力道山未亡人』ですが、想像以上に面白かったので早速、この本を読んでの感じたことを各章、ご紹介したいと思います!なおこの本は序章、終章、あとがきを合わせて16のチャプターに分かれているので、途中で2つの章のみどころを綴っている箇所もあります。


よろしくお願い致します!



★1.序章 不思議な日


序章は2022年10月1日、イベント会社を経営する鈴木裕枝さんのバースデーパーティーから始まります。

そうこの日は「燃える闘魂」アントニオ猪木さんが亡くなった日。

鈴木さんのバースデーパーティーに参加したこの本の主人公・敬子さんは式典に、猪木さんの自宅を訪れ、亡き猪木さんと対面するのです。

「力道山未亡人」敬子さんが初めて猪木さんに会った日のこと、最後に猪木さんと交わした会話、力道山さんが暴漢に刺された日のこと、大相撲アメリカ場所、幻の猪木力士転向計画、入院中の力道山さんが容態が急変して逝去したこと…。

細田さんの文章がまるでピアノの旋律のように美しく奏でられていきます。

なぜ、敬子さんが激流の如く数奇で波乱万丈の人生を歩むことになったのか?

序章を読み終わるとその後にNHK大河ドラマの壮大なオープニングに始まるのではないかと思えるほど、最高のプロローグになったように感じました。



★2.1章「健康優良児」&2章「皇后陛下に似てるね」

敬子さんの生い立ちを描いた1章、日本航空(JAL)の客室乗務員時代を描いた2章は読み応えあります!

特に印象に残ったのは、細田さんの文章が過去の新聞記事や書籍をうまく活用しながら、関係者への取材を組み合わせていること。文章における資料と取材のバランスや組み合わせ形にノイズがなくて滑らかな読み心地があるのです。

敬子さんが将来の目標は「外交官になって世界中を飛び回りたい」。後に待ち受けている彼女の運命を考えると「人生は自分が思うようになかなかうまくいかないものだな」と感じてしまいました。


★3.3章「サイコロ」&4章「保険金詐欺」

敬子さんと力道山さんの馴れ初めを描いた3章、力道山さんがなぜ敬子さんを結婚相手に選んだのか、力道山さんの経歴をまとめた4章。

これは心にズシンと響いたのは、敬子さんの従叔母・大谷ユキエさんの言葉。

「結婚って『この人』って信じて賭けないと、わからないものよ。だから『絶対に幸せになる』って思いながらサイコロを振るのよ」


人生の大きな決断をする様を「サイコロを振る」と形容したことにものすごく頷いてしまいました。

結婚もそうですが、挑戦や賭け、大勝負をする際は「絶対にやるしかない!」と断固たる決意を持ってやる時がある。その度は我々はサイコロを振って、人生を切り開いているのかもしれません。



★4.5章「生さぬ仲」&6章「世紀の大結婚」

力道山さんの秘密が分かる5章、主に敬子さんと力道山さんの結婚式を描いた6章。

これは結婚式を参列した安部譲二さんの証言が印象的でした。

「あの結婚披露宴は、そりゃ、たくさんの人から来たから、東京中のごろつきが紛れ込んだんです。ああいう連中は招待状がなくても入って来るわけ」
「住吉連合がいて、稲川会がいて、東声会がいて、山口組までいるんだから。何も起こらない方がおかしい。(中略)そういえば、村田さんも来てたんじゃなかったかな。そう、あの村田さんね…」

古くからプロレスファンならご存知かもしれない。敬子さん、力道山さん、日本プロレス界を激変させたあの村田さんは次の章に登場します。


★5.7章「ニューラテンクォーター」

1963年12月8日、力道山さんが暴漢に刺されたあの日について踏み込んだ7章。事件の詳細が細田さんの丹念な取材によって事細かく描かれています。

後年、力道山さんの歴史を取り上げた番組(『知ってるつもり?!』か『おどろき桃の木20世紀』だったような記憶があります)で、事件の再現映像が流れたことがあって、力道山さんが村田勝志さんにナイフで刺された後にマイクで「この店は殺し屋を雇っています」と話したというのはかなり印象に残っていて、この本でも触れています。


細田さんがなんとニューラテンクォーターのオーナー・山本信太郎さんに取材を敢行。さらになぜ力道山さんが亡くなったのか。それは麻酔の投与ミスであることが判明。

こちらも私が以前見た番組でも「実は力道山さんの死は医療ミス」だったという証言が取り上げられていたと思います。

とにかく生々しいチャプターであることは間違いありません。






★6.8章「未亡人社長になる」&9章「暴力組織追放運動」



力道山さんの葬儀を終え、身重で傷心の敬子さんが亡き夫のグループ会社を継いで社長に就任、子供の出産、混乱の日本プロレスを取り上げた8章、「政治と暴力団の癒着を断絶」「暴力組織追放運動」によって政治家、プロレス界、暴力団がひしめく模様を描いた9章。

力道山さんが亡くなり未亡人となった敬子さん。ここから修羅の道が待っていました。


個人的には8章に書かれている敬子さんが社長を引き受けた理由ですね。これがめちゃくちゃ心に響きました。


「無責任なことは出来ないでしょう。みんな路頭に迷ってしまう。(中略)『そんなことを、あの人は絶対に望んでいない』って思ったんです」


そこが敬子さんの責任感の強さであり、肝がめちゃくちゃ座っているんだろうなと感じました。



★7.10章「女の意地」&11章「再婚報道」

日本プロレス社長から退き、他のグループ会社経営に集中することになった敬子さんがゴルフやボクシングビジネスに関わる中で魑魅魍魎な人間関係の渦に巻き込まれていく10章、リキ・スポーツパレス閉鎖に至るまでの動きをまとめた11章。

個人的には山本信太郎さんの「レスラーにとって金と人情は別」という言葉が印象的。プロレスや政治も「仁義なき戦い」だよなと感じてため息が出ました。





★8.12章「破門状」

12章は必読!

アパートの家賃収入をメインとしたリキエンタープライズとリキボクシングクラブのオーナーだった敬子さんはリキボクシングクラブを息子の百田義浩さんに譲っています。

やがて日本プロレスは崩壊。アントニオ猪木さんが率いる新日本プロレス、ジャイアント馬場さんが率いる全日本プロレスの二派に分かれていきます。

またもプロレス界の魑魅魍魎な人間関係に巻き込まれていく敬子さん。どうも読んでいくとここに登場する人物たちの打算高くて醜い印象を持ちます。組織を関わる以上は仕方がない部分もありますが…。

力道山さん、敬子さん、猪木さんは大きな世界で生きていて、それ以外の皆さんは小さな世界で生きているような気がしました。だ


そして1975年12月11日に日本武道館で行われた『力道山十三回忌追善大試合』について細田さんの執念を捜査が入ります。



「なぜ力道山十三回忌興行が行われたのか?」

「なぜアントニオ猪木さんが出場しなかったのか?」


新日本プロレスで同日に蔵前国技館でビッグマッチを開催していて、アントニオ猪木VSビル・ロビンソンの名勝負が生まれています。

「なぜ力道山十三回忌興行と新日本・蔵前国技館大会は同日開催だったのか?」
「なぜ敬子さんは猪木さんを批判する声明文を出したのか?」


こちらについて敬子さんの証言が掲載されています。

そして力道山十三回忌興行を機に敬子さんはプロレス界の表舞台からフェードアウトしていったのです。

力道山未亡人としての役割は十分すぎるほど果たして…。





★9.13章「猪木VSタッキー」&終章「甲子園」


力道山十三回忌以後の敬子さんの人生を描いた13章と終章。

13章は力道山の付き人を務めた猪木さんが、力道山が果たせなかった夢を実現させようとしている物語であり、14章は力道山さんと敬子さんの孫である田村圭さんが慶応義塾高校のエースとして甲子園で活躍している姿を見守る祖母として姿、新日本プロレスオフィシャルショップ「闘魂SHOP」店員として働く余生を描いています。

序章から12章まで疾風怒濤のストーリー展開だったため、この13章と終章がやけに爽やかで暖かい風が吹いていて、読んでいるこっちがどこかハッピーになるような気がしました。


★10.あとがき

あとがきには細田さんがなぜこの本を書くことになったのかの経緯が書かれています。
 
細田さんが敬子さんについて「生まれながらにして聡明で、かなりの強運の持ち主だった。ある意味、力道山以上かもしれない」と綴っています。


この本は敬子さんが存命中に出版されてよかった。力道山さんは日本プロレス界の父であり、国民的英雄。いわば日本の太陽でした。だが敬子さんは太陽が沈んでも月の光のように暗闇の中でも輝いていたのかもしれません。



個人的には敬子さんは歩んでいる人生は違いますけど、勝海舟の奥さん・勝民子さんや幕末に日本茶輸出で巨万の富を築いた商人・大浦慶さんのような「女傑」の系譜を感じてしまいました。


『力道山未亡人』は周囲から見れば試練と思える事柄を逃げずに立ち向かって生き抜いた「月の女傑」の物語なのです。




この本を書き上げた細田昌志さんに最大級のリスペクトを送ります。

まるで良質なドキュメンタリー番組を見たかのような凄まじい作品。細田さんの文章は映像ディレクターの手法で、ミステリー的作風で読み手にテレビ番組を視聴したかのように心地よく脳内再生させる。

本当に素晴らしかったです。


 

 


皆さん、是非チェックのほどよろしくお願いいたします!