本日、自由民主党は立党70年を迎えました。

 わが党は、「政治は国民のもの」との考え方を原点に、国民全般の利益と幸福に奉仕する国民政党として、今日まで歩みを進めてきました。そしてこの理念の下、常に国民の立場に立脚し、正しい伝統や秩序は守りつつ、時代と真摯に向き合いながら前進を図り、戦後日本の安定と繁栄に貢献してまいりました。

 

 わが国の発展に微力ながら寄与できたことを誇りに思う一方で、政権を担う中で与党としての緊張感を失い、国民の信頼を損なう事態を招いたことについては、猛省しなければなりません。「二度と同じ過ちは繰り返さない」とここに強く誓い、再び国民の皆様から信任をいただけるよう、党一丸となって取り組んでいく覚悟です。

 

 現在我々は、大きな歴史の転換点を迎えています。先人たちの英知と努力によって築かれた自由主義経済や国際秩序は大きく揺らぎ、大規模な自然災害、人口減少・少子高齢化、AIやサイバーといった様々なリスクが増え、将来の不確実性が高まっています。これまで当たり前と思われていた価値観が変容し、先行きの見えない時代に直面する今、政治に求められるのは、その将来の「不(ふ)確(たし)かさ」を「可能性」に変え、国民の不安を安心や希望へと変えていくことです。

 

 自由民主党は、地域に根差した唯一の国民政党として、一人ひとりの思いに寄り添いながら、国民の命や暮らしを守り抜くとともに、国の未来に責任を持つ政党として政策を着実に推進し、自助を尊重しつつ共助・公助で支え合う日本らしい社会を、国民と共に創ってまいります。

 

 わが党の真髄は、秩序の中に前進を求め、前進の先に秩序を見出していく、可能性と調和の政治姿勢にあります。取り巻く環境が変化する中で分断や対立が生じたとしても、我々は必ずそれを乗り越え、日本の政治をしっかり前へと進めてまいる決意です。

 

 今後も自由民主党に対し、ご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 11月7日、宍道湖西岸地区国営緊急農地再編整備事業の事業予算の確保を求めた要請活動が行われました。この日は宍道湖西岸地区土地改良事業促進協議会(会長:飯塚俊之出雲市長)の役員6名が、財務省では舞立昇治副大臣をはじめ中山光輝主計局次長および宮下賢章主計官(農林水産係担当)、農林水産省では松本平農村振興局長をはじめ青山健治農村振興局次長、石川英一整備部長、登り俊也農地資源課長、野村良太土地改良企画課長、廣川正英防災課長および堺田輝也農林水産会議事務局長などに面会しました。意見交換では、飯塚出雲市長が令和7年度補正予算および令和8年度当初予算の配分に対する要望を述べ、多久和卓志宍道湖西岸土地改良区理事長が事業の進捗状況、坂本満JA出雲地区本部長が水田営農における高収益作物への転換状況などを説明し、フォアス(地下灌漑システム)や排水機場の整備により栽培条件が向上し、収益増となっている事例が紹介されました。今後は、圃場整備の進捗に伴う自動化や大型農業機械の導入、冷蔵施設、カット野菜、製餡などの加工施設の建設などの必要性などについて言及するとともに、スマート化の計画策定などについての支援を要望しました。農水省の松本農村振興局長は「食糧安全保障のキモは輸入農産物依存を国産化に転換することで、土地改良、大規模化投資はその手段」とし、財務省の中山主計局次長は「しっかりとした営農計画の実践と担い手確保を図ってください」などと述べました。

 11月4日、永富聡島根県統計調査課長の逝去が報道されました。永富さんは、10月16日の午後11時ごろ松江市内で道路を横断中に車に轢かれて重篤となり、救急搬送されて以降、医療スタッフの尽力とご家族の願いも届かず、快癒することなく11月2日に不帰の人となったことは、慙愧に堪えません。小生とは、平成30年に観光振興課の政策スタッフ(調整監)に就任されて以降、観光客誘致や施設整備などについて議論を交わし、平成31年から2年間は西部県民センターの商工観光部長、コロナ禍の令和3年から2年間は観光振興課の国際観光推進室長として先の見えない中での苦労を経験し、令和5年から2年間は島根ブランド推進課長として日比谷シャンテ島根館のリニューアルにあたるなど、島根県の観光振興や県産品の有利販売、販路開拓に力を発揮されてきました。本年は、国勢調査の年にあって、統計調査課長として極めて枢要な職務にあり、調査がほぼ終了し、取りまとめの時期に入る刹那の事故は残念で、言葉を失います。ここに、永富さんの生前を偲び、謹んで哀悼の意を表しますとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌