8月31日、元平田市議会議長で出雲市国富町在住の黒崎隆幸さんが逝去されました。 大恩ある黒崎隆幸さんのご逝去に接し、慙愧に堪えません。黒崎さんは1933年(昭和8年)生まれの91歳で、農業や養鶏業を営む傍らで農協役員などを務められ、昭和62年、衆望を担われて平田市議会議員選挙で初当選され、以後、4期16年にわたって市議会議員をお務めになり、平成11年2月には第26代の市議会議長にご就任になりました。温厚・篤実で、粘り強くことにあたる姿勢は市職員をはじめ、周囲の信頼を得られ、湖西斎場の建設や平田船川、湯谷川の改修事業など、市の懸案処理に力を尽くされました。こうした永年にわたる地方自治へのご貢献により、平成16年、春の叙勲において双光旭日章の栄に浴されました。
小生とは、平田市議会で教育民生委員会の正副委員長となったことを皮切りに議長と議会運営委員長、会派の会長と幹事長など、平田市議会に在籍した12年間、常に近くで活動をさせていただき、平成15年4月の県議会選挙の出馬にあたって、後援会長をお引き受けいただき、「園山君、我慢は切れるが、辛抱の先には光がある、自分の思う通りに進みなさい」と、いつも背中を押していただいてきました。今日、曲がりなりにも県政の一角を担う位置にあるのは、黒崎さんの大きな加護のお蔭で、感謝の言葉しかありません。いつも温かく、慈愛に溢れた眼差しで接していただいた睦まじいご夫妻の姿に会うことができないと思うと寂しさを禁じ得ませんが、しばらくは、奥様や小生を天上からお見守りくださるよう願うところであり、永年に亘るご高誼に感謝を申し上げますとともに、心からご冥福をお祈りいたします。合掌。
島根県議会の全員協議会が開催され、島根県が最重要課題とする人口の自然減を社会増で補うための産業振興や合計特殊出生率の確保を図るための出産・子育て支援の充実、離島や中山間地域の生活機能の維持など、人口定住対策を骨子とする第2期島根創生計画の概要が示されました。今後5年間の島根県の施策展開の指針となるこの計画は、9月定例会および11月定例会での特別委員会の審議を経て、令和7年2月定例会で成案が示されることになりますが、少子高齢化は、新型コロナウイルス感染症の発生などもあって社人研(国立社会保障・人口問題研究所)のコーホート推計を上回るペースで進んでおり、また、依然として東京一極集中が続いていることもあって、計画の達成には国の政策転換の必要性に言及されています。ところで、地方行財政調査会(東京都)がまとめた2023年度の都道府県税徴収率で、島根県は99.47%と過去最高を記録し、2018年度以来、5年ぶりの全国1位に返り咲いたことが明らかになりました。島根県税務課は、県民の納税意識の高さなどを理由に挙げていますが、国民健康保険料や国民年金の収納率についても全国平均を10%以上も上回り、20年以上も連続全国1位を続けていることは「決められたルールをきちんと守るまじめな県民性」を示す証左で、誇りとするところです。
溝口善兵衛さんが8月20日に78歳で逝去されたと報道され、大変、驚いています。溝口さんは、益田高校から東大に進み、大蔵省では国際金融のスペシャリストとして活躍され、平成19年4月の島根県知事選挙で初当選し、平成31年まで3期12年にわたり島根県知事を務められました。就任早々に石見銀山の世界遺産登録保留の観測が報道された折に、当時の近藤誠一ユネスコ大使に働きかけをして登録を勝ち得たことを覚えていますが、在任中は「地財ショック」により悪化した県財政の立て直しに着手し、徹底した公債管理や給与カットなどによって18%を超える公債費比率を5%台まで縮減させたほか、定住人口の減少を交流人口の増加に求め、「しまね観光立県条例」の制定や出雲大社大遷宮を機に、神話の国しまねキャンペーンやにほんばし島根館の開設、古代歴史文化賞の創設などによって「神々の国しまねのイメージづくり」を主導しました。小柄な溝口さんは、休みの日などにご夫妻でサイクリングをされるなど優しい愛妻家のイメージがありますが、知事室では、職員に起案の理由や事業実施の体制構築のロードマップを求める強面の姿もありました。小生とは、「観光振興」や「美味しまね認証」「まめネット」「30人学級」「医療費助成」などの施策の推進で意見交換をしましたが、頭を傾げて「それ、いいじゃないですか」と応じる知事の顔が目に浮かびます。3期目の任期中途で食道がんが見つかり、退任後も療養主体の生活と聞きましたが、県政推進に対するご貢献に心から感謝を申し上げ、謹んでご冥福をお祈りいたします。合掌。