タンザニア旅行⑩アクシデントも楽し
また、更新が遅れてしまいましたって、いつものことか。
今日は、前の職場の時の友人とランチをしてきました。
相変わらず、ヘンテコな職場らしく、まあ、愚痴が出る出る。
で、「戻ってこない?」って。
冗談でしょ。
彼女達は、結構上の役職に就いているので、人事に働きかけて条件飲ませるからとまで。
いや、そこまでしていただかなくても・・・
「まともな人材が欲しい」って、そこまでひどいか?
で、そんな職場に戻れと?
無理無理。
お気持ちだけ、ありがたく。
そんな私は、まだ仕事が決まっていません・・・・
現実逃避の旅行報告いってみよう!
アフリカというところは、アバウトな国であるからして、ちょっとやそっとのことでイライラしてはいけない。
何があっても、「アフリカだから」くらいの余裕が欲しい。
今回のサファリ、結構アクシデントもあったけど(ウォーキングができなかったのも、そのひとつ)、サファリ中にもあったのさ、アクシデント。
サバンナの真ん中で、いきなり車を停めたドライバーのムサさん。
「なんか、変な音がしないか?」と一言。
「音?」、いや気付きませんでしたけど・・・・
「いや、音がした」と言いながら、車から降り、ボンネットを開けて、「これだ!ボルトがはずれてる」って、
どこのボルトよ!?
で、いきなり修理を始めた。
車のトランクから出した袋の中には、大小さまざまなボルトと工具。
そうか、ドライバーって、こういうこともできなきゃいけないのよね、と、改めて納得。
「10分待って」
10分で終わるのかい?と思ったけど・・・やっぱり終わらなかった。
まあ、30分はかかったね。
その間、私達は、車から降りて、ボーッと景色を眺めてた。
目の前にはサバンナが広がっていて、動物達の姿も見えるから、別に苦じゃない。
でも、修理が終わって走りだして暫くしたら、また車が止まった。
車から降りたムサさん、再びボンネットを開け一言、「10分」。
いや、10分で終わらないでしょ。
で、Kちゃんと賭けをした。
何分かかるか。
「20分」
「いや、30分はかかるな」
はい、やっぱり30分はかかりました。
で、暫く走ったら、また止まる。
今度は、「15分」。
はいはい、どうぞ、ごゆっくり。
私達、景色見てますから。
まあ、こういう景色だから、何分かかっても、イライラもせず、むしろ車から降りられて、青空の下、爽やかな空気を吸って、のんびと。
この、のんびり=現地スワヒリ語で「ポレポレ」でいかないと、ここではやってけない。
あ、ちなみに、私のニックネーム「ポレポレシンバ」は、このスワヒリ語のポレポレと、同じくスワヒリ語のライオンを意味する「シンバ」から語呂合わせでつけたものであります。
随分ポレポレしましたさ。
でも、また止まったのさ、車。
今度は、ムサさんも、「30分くらいかな」と、自信なさそう。
ひえ~っ、これは・・・いつまでかかるかわかんないぞ状態。
実際、かなり時間かかってましたわ。
その間、何台かのサファリカーが声をかけながら傍を通り過ぎ、中には車を停めて手伝いを申し出てくれたドライバーもいたけど、ムサさんったら、笑顔で「大丈夫、大丈夫」って。
ほんとかよ?
時間は過ぎる、車は直らない。
そこに止まった一台の車。
降りてきたのは、ムサさんの友達だったらしく、さすがに助けを求めてましたわ。
このお友達の彼、奥さんと二人でサファリに来ていたとのことで、車の修理の間、この奥さんとお喋り。
彼女はカナダ人で、アフリカが大好きで、何度も通ってるうちに、現地の人と結婚に至ったという。
「彼は随分と車に詳しいようだけど、仕事はなんですか?」と聞いたら、「エンジニアなの」と。
納得。
で、その後に続いた言葉が、「シェフでもあるし、ガイドでもあるのよ」って、一体どれが本業だよ!?
突っ込みたくなったけど、アフリカだからそれもありかと変に納得。
まあいいよ、車が直れば。
直りました。
これ以後、車は止まることなく、無事ロッジまで帰りました。
1時間以上はかかったな。
根気強く修理を続けた彼らも偉かったけど、文句も言わず待ってた私達も偉かった。
景色を楽しむ余裕あったし。
手伝ってくれた彼の奥さんも、当然こういう状況には動じない。
余裕の様子はさすが。
まあさ、なんでもありよ、アフリカ。
これくらいで済んでラッキー、くらいの気持ちの余裕がないと。
アクシデントも楽しめたら、また一味違った旅の思い出ができるってもんです、はい。
立ち往生してる時じゃなくて良かったよ。
ちなみに、車の故障の原因は分からずじまい。
ムサさんも特に説明しなかったし、私達も突っ込んで聞かなかったし(ボルトだけではないことは確か)。
直って走ったんだからいいや、くらいのもんで。
この辺が、私達も随分アフリカナイズされちまったなと感じた次第。
久しぶりの感が・・・
なんとなくブログも久しぶりの感がある今日この頃。
いや、記事の更新が滞ることは普通(おい!)なんですが、コメント返しもせず、やや放置の傾向にあったもので。
というのも。
今週に入ってから、わたくし、就職活動なるものをしていましたもので。
プータローになって1年、タンザニア旅行から2カ月。
かなり呆けた毎日を送っていましたが、貯金通帳の残高に現実に引き戻されました。
いかん!このままではいかん。
働かなくては。
(アフリカは遠くなったな・・・・)
ということで、ハローワークやらナースバンクやら(医療・福祉系)人材センターやらに出没しておりました。
幸い、この不況の中でも、看護師という職業は、かろうじてまだ売り手市場のようで、求人は沢山あります。
が!
私の希望するような所はなかなかない。
ってか、私の希望がそもそも、「あんた、いい気になってんじゃないよ」的な希望なのでしょうが・・・
でも、以前、「これだ!」ってのを見つけたことがあって。
その時は働いていたので、そのまま素通りしてたんですが。
ある時はあるもんだなという甘い考えが頭から離れず、いまだ何のめども立っていない・・・
ちょっと疲れたので(早っ)、ここらで一旦休憩して、またぼちぼち探そうかと。
焦ってはいないし、納得できる所に勤めたいので。
夫の扶養家族に甘んじて、好き勝手してたけど、そろそろ地に足つけて考えないとなと思う最近。
(でも、プータロー生活が板についてきたからな・・・)
あ、次回からは、お待ちかねの(←待ってない?)タンザニア旅行報告を再開したいと思います。
密猟とハンティング
アフリカにおける、動物の数が減っている原因として挙げられる主なものは、生息地の減少(とそれに伴う地元民との衝突)と密猟である。
生息地の減少については、後に機会があれば書かせていただくとして、今回は「密猟」について。
密猟には、2つのタイプがあって、一つは、象牙やサイの角などを目的とした国際的なマーケットに向けて行われるもの。
それと、「ブッシュミート」という、日々の生活を支えるために行われる密猟である。
このうち国際的なマーケットに向けて行われる密猟は、バックに国際的な密輸機関など大がかりな組織がついているものも少なくなく、密猟者の持つ武器も銃などの近代兵器が多い。
象牙やサイの角を取るために、彼らを殺す。
そして、死体から象牙や角を切り取る。
象牙は、主に日本や中国で印鑑や装飾品として、サイの角は、中東での刀作りや中国での漢方薬の材料として需要がある。
でも、これって、本当に必要なもの?
アフリカでは、こういった密猟者とそれを取り締まるレンジャーとの間で銃撃戦が行われ、レンジャーが命を落とすこともある。
生きるためにどうしても必要とは言えないもののために、ゾウやサイやレンジャー達の命を奪っているのである。
日本にも責任がある。
象牙の市場として、中国と並んで名を連ねているのだから。
ブッシュミートは、ある意味もっとたちが悪い。
これは、日々の食糧にも困る地元の人達が、野生動物を捕まえて食料とする密猟のこと。
使われるのは、主にワイヤーやロープ。ただ同然で作れる罠なので、貧しい人達でも簡単にできる。
そうやって、保護区の周辺に住む貧しい人達が、毎日の食べ物を得るために仕掛けている。
このワイヤー、いったんかかってしまうと簡単にはずれない。でもって、どんな動物がかかるか分からない。
小型の草食獣ならば、その場で死ぬケースが多いが、ゾウやライオンなどの大型動物がかかってしまったら・・・
彼らは力があるので、ワイヤーごと罠を引きちぎってしまうケースが多いが、ワイヤー自体は作りが頑丈なので、簡単にはずれない。
その結果、ワイヤーをつけたまま何カ月も引きずって歩いていたりする。
ワイヤーが食い込んだ部分からは菌が入り、傷口は腐り、最終的に敗血症で死ぬ。
痛みに苦しみながら、ゆっくりと死に至る、スロー・デス(死)である。
こういった密猟を取り締まるため、各国立公園や保護区にはレンジャーがいる。
彼らが保護区内をパトロールしながら、仕掛けられた罠を取り外したり、密猟者を捕まえたりしている。
それでも、密猟は後を絶たない。
まるで、いたちごっこのようだ。
それでも取り締まらなければ、密猟者はやりたい放題なので、レンジャーは日夜パトロールに余念がない。
そのレンジャーの資金源の一部は、観光業からもたらされる。
ワイヤー罠にかかった動物の治療も行われているが、圧倒的に件数は少なく、手遅れの場合も多い。
ブッシュミートの場合、行う側は生活のためにやっているので、そう簡単に諦めない。
アフリカの貧困が、ここにも影を落としている。
密猟というのは当然違法な猟だけど、合法的な猟もある。
それがハンティング。
アフリカ諸国では、いまだにハンティングから収益を得ている国も少なくない。
私は基本的にはハンティングは嫌いだし、自分達の楽しみのために動物達を殺して何が楽しいんだかと思う。
でも、滝田明日香さんのブログ の記事を読んで、「そういう考え方もあるのか」と思ったので、ちょっと紹介したいと思う。
『ハンティングと聞くと、たいがいの人は嫌な顔をしてしまう。野生動物を殺して何が楽しいのか? そう思う人は、多いと思う。私は個人的には動物を殺すことに楽しみは感じないし、スポーツとしてのハンティングのスリルの虜になっている訳ではない。しかし、ハンティングのシステムと、それから出る収入については悪いとは思ってはいない。なぜなら、ハンティングは本来なら地域住民にとって価値のない野生動物に、金銭的な価値をつけるからである。金銭的な価値がなくてもその動物を保護しなくてはいけないというのは、お金に困っていない人間考えである。毎日の生活が苦しい人にとっては、野生動物はタダで手に入る肉であり、森林は収入源になる木材や炭の元なのである。
観光業が野生動物を守る資金をはじき出している公園や保護区は、実勢問題、とても数が少ない。ケニアだと、マサイマラ国立保護区、アンボセリ国立公園などは有名どころだが、全く観光客が訪れることのないタナリバー国立公園、シビロイ国立公園などは、観光業からの収入はゼロに等しい。このエリアの回りに住む地域住民にとっては、野生動物はタダで利用する価値はあっても、わざわざ手間をかけて守る価値は
ないものである。
ハンティングが大切な収入源であるのは、ハンティング料金が観光業より高額の収入を持って来るからである。個人所有の土地や、コミュニティー・コンサーバンシー(地域住民が所有する土地)でのハンティングは、ハンティング料金としてコンサーバンシーのメンバーへの支払い(学校、病院建設など)、肉(仕留められた動物の肉は村人に分けられる)、害獣コントロール(害獣と見なされたライオンやゾウなどをハンティング対象の動物に指定して、そこからのハンティングフィーを地元の人への損害賠償金に当てられる)などの利点がある。ハンティング料金は、野生動物の密猟によって得る肉の値段とは比べ物にならない。密猟によって大量に殺される野生動物より、ハンターから1頭で高額な収入を得る方が何倍も得になるからである。よって、ハンティングによる収入があるエリアの住民は、他のエリアからの人間による密猟を許さず、その地域に生息する野生動物は地域住民にとって「守る価値」が出来たのである。
正式なスポーツ・ハンティングは、ハンターが徒歩で野生動物を追跡する形で行われる。追跡は、1時間から8時間、時には何日もかかる時もあり、簡単なことではない。追跡のすえに見つけた動物は、ハンティングの対象になる個体かどうかをプロフェッショナルハンターによってチェックされる。ハンティングの対象となるのは、年老いて、繁殖期を過ぎたオスが選ばれる。クライアントも自国に持って帰れるトロフィー(動物の頭、角、足など)を目的にハンティングをしているので、年老いたオスの方が好まれる。追跡をした後、もし見つけた個がメス、若い個体、妊娠した個体などの場合、それはハンティング対象とならなず、違う個体を見つけなければいけなくなる。ほとんどのクライアントは、ハンティングモラルを守る人が多く、もしハンターが見つけた個体を認めないと、クライアントはハンティングに成功しないで自国に帰ることもあるそうである。ハンティングはスポーツであり、つねに勝負に勝つとは限らないのでクライアントも大半は文句を言わないそうだ。
個体別の際、ハンター達が間違ってメス、子供、妊娠した個体などを撃ち殺してしまった場合、政府から罰金、
時よりハンティングライセンス剥奪されてしまうこともある。
アフリカ大陸でハンティングを通して野生動物から利益を得ている国は、南ア、ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、ザンビア、タンザニア、スーダン、カメルーン、中央アフリカ共和国、エチオピア、ベニンなどがある。ケニアは、その中で、唯一ハンティングが禁止された国である。国際的にはケニアの評判は良くなるかもしれないが、
これは、ケニアにとって、非常に残念なことかもしれない。なぜなら、ハンティングはマサイマラやアンボセリなどのエリアでは活用出来ないが、現在誰も訪れることな
く野生動物が地域住民による密猟により激減しているエリアには、救世主になるかもしれないからである。
全く収入がない公園とそこに住む野生動物、そして、その回りに住む住民たち。害獣による被害は受けても、野生動物から何も得ない人たち。そんな人たちにとって、「野生動物保護」の言葉は、金銭的価値がなければ何の意味も持たない。距離や治安の問題によって観光業が不適切なエリアには、ハンティングのような収入源が多くの野生動物たちの命を救うことになるかもしれない事実を除外してはいけなない。野生動物保護は個体の保護ではなく、多くの野生動物とその生息地の保護のことである。
その為には、野生動物保護政策を考える時に広い視野を持つことが必要だということを忘れてはいけないと思う。』
以上が滝田さんの記事からの引用。
なるほどなと思った。
こういう形で行われるハンティングであれば、あってもいいのかもしれない。
勿論、これらの国々にも違法なハンティングはあるだろうし、そういうものについては許せないと思う。
政府には厳しく取り締まってほしい。
なんにせよ、目的は動物達の保護である。それも広い視野を持っての。
方法は色々だけど、野生動物の保護のために、心を砕いている人達がいるということ。
時には、「どうよ?」と思うことでも、見方を変えれば違う側面が見えてくる。
そういう視野を持ちたいと思う。







