『誰にも言えない想いは、未来の自分宛にノートに書いてしまいましょう。』



未来の自分に宛てて書く手紙なら、きっと素直に打ち明けられるだろう

アンジェラ・アキ
『手紙~拝啓 十五の君へ~』




最近、

内省の時間を過ごすなかで、心境の変化、身体の変化がありました。



慣れることで、変化に対して盲目になり、遠くのゴールだけを見て目の前の変化に気付かず、不満を口にする。

それで解決するものでもなく、ただ自分の感情に触れ回されて時間を無駄に過ごしてしまう。



このように感情に振り回され、「以前と変わらない」と言う不平不満が増えたと感じることがあるのなら、


まずは、『記録する』ことから、未来への一歩を歩み始めてみましょう



記録し始めてすぐに変化を実感できなくても落ち込むことでは無く、


冒頭で述べたように、


未来の自分』に向けて、日々の『記録』を残しておく


という認識が大切です。


記録する度に、『未来で活躍している自分』のためになっていると認識することで、日々の行動の視点が未来起点になり始める、ということにも繋がってくると思います。


 

かつては夢のまた夢であり、奇跡が幾度起きても不可能だったような世界にこれから飛び込みます。

しかし、不思議なもので、人間はどんな天国でも極楽でも夢のような状態でも慣れてしまいます(慣れてしまうのは不思議でも何でも無くホメオスタシスであり、適応です。逆もまた真です)。

そうすると、また以前と同じように不平不満を言う不平家になっていることに気づいたりします(気付ければ幸い)。

 

だからこそ、記録が大事なのです。

 

かつて望んでいたこと、かつて夢だと思っていたこと、かつて不可能だったことが、自分の言葉で記録されていると、今の環境や自分の能力に対して、過去の視点で一瞬でも視ることができます。

過去の自分にワープするのです。

 

そうすると、かつて憧れていた存在に自分がなっていることに気付きます。

そして、もしもその瞬間に素直に過去の自分の視点を思い出せていれば、現状の素晴らしさに幸福感と感謝の気持ちがあふれると思います。

 

これが上手な「レミニセンス」です。

 

そうやって、過去の自分と交信し、過去の自分の視点を思い起こす(レミニセンス)ことで、自分が成し遂げたこと、自分の現在の素晴らしさが実感できます。

 

そうすることで、肩の荷が下りるのです。

成長しなければいけないというプレッシャーから解放されるのです。

「自分は能力もセンスも無い、成長もできない」という毒から逃れられるのです。

 

かつてゴールとして設定していたことが、次々と叶っていくのを見て、驚き、興奮し、喜び、深く納得することで、自分がべき乗則の曲線のどこにいるかが分かるようになってくるのです。


(『まといのば』ブログより)


日々が単調に見えたとしても、実際の成長は、離散的であり、指数関数的に飛躍するものなので、


すぐに変化を実感できなくても悲観することなく、むしろ、行動したことに対して喜ぶことが大切です。


 

時間の流れ方は連続的ではありません。離散的です。成長も離散的です。

連続的に見えるとしても、べき乗則に従うので、加速度的に飛躍的に成長するのです。
(略)

CreativeAvoidanceというサタンくんの発想は我々と同じく線形的なのです

成長は直線的だと思ってしまうのです。

それは短期的な視点しかなく、その延長線上で考えるからです。

今日の変化率のままで進むと思ってしまうのです。

 

しかし、成長は最初はゆっくりで、途中から加速していくものです。

いや、むしろ指数関数的に飛躍するものです。

 



そのときに未来に対する長期的な期待値をマックスにしつつ、日々の行動の期待値をミニマムにすることです。そしてミニマムだからこそ、想定以上の結果に対しては(想定通りの結果に対しても)大きく喜ぶことです。


(『まといのば』ブログより)


そして、己を機械と見做し、Selfが設定したゴールへ向かってEgoを従わせていく。


 

20kgのバーベルしか持ち上げられない人に、すぐに100kgのバーベルの持ち上げる方法を教えることはできません。その人が地道に重さに身体を慣らしていくしかありません。それもじっくりとじっくりとです。

このときにきわめて機械的になることが大事です。
ゴールに向かうための環境のデザインが終わったら、ひたすら機械的にやり続けることです。

ちなみに、鍛錬が習慣になっている人にとっては、この「ひたすら機械的にやり続ける」というのは当たり前すぎる感覚でしょう。
たとえば、子供の頃から音楽を学んでいる人、スポーツをがっつりやっている人、踊りを続けている人、きちんとした筋トレをしている人などは、この感覚は当たり前に持っています。ともかく単調なトレーニングをひたすら機械的に繰り返すしかないことが分かっていて、それが大前提でしかないことは分かっています。
当然ながら一発逆転もないし、そして才能の前にはひれ伏すしかないという感覚もおそらくは早いうちに強い痛みと共に実感しています。それでもなお好きだからそれを続けるのです。
その感覚を共有しない限りは、ゴールとかWant toとかhave to とかCreativityやCreative Avoidanceというのは明確に見えてこないと思います。

(『まといのば』ブログより)


ある意味、機械のように自分を制御する感覚を覚えるほど、


メンバー同士で変化を観測し合って限界をどんどん突破していくという、High-Sharedな場の凄さと有難さを感じます。


 

ワークの時間ではHigh-Sharedな場の凄さを目の当たりにしました。メンバー同士で変化を観測し合って限界をどんどん突破していく様子は、まさに「集団でワイワイやって気づいたら上に上がっている」という言葉そのものでした。



(『Khronos』ブログより)
*私が当時送らせて頂いたフィードバックを引用しております。


そんな場への接続も、ゴールに基づく現在のコンフォートゾーンとして選んでいくことが大切だと思います。


 

扇を閉じて、重ね合わさった状態が現在です。そして扇を閉じて重ね合わさった状態から、順序をつける(最善を選択する)ことがGoalでした。
扇を閉じて重ね合わさった状態から好ましい可能世界を選ぶのがコンフォートゾーンでした。

そして、Goalに紐づけられた(基づいた)コンフォートゾーンを選ぶ(順序をつける)ことが、統合された自我の定義でした。

 

とすると、我々は未来を見て「できるかできないか」を考えるのではなく(未来を見たら、実現不可能に決まっています)、未来がすでに確定しているとして、そこから演繹される(「時間は未来から」)現在のコンフォートゾーンを選ぶだけです。



(『まといのば』ブログより)

このブログを読み、また、T理論に触れている方は、自覚するしないに関わらず、すでに素晴らしい未来を描きゴールとして設定していると思います。



未来がすでに確定しているとして、そこから演繹される(「時間は未来から」)現在のコンフォートゾーンを選ぶ


ことと同じように、未来から演繹される行動を、小さなことからルーティンに組み込み、機械的に続けていく。



そんな小さなステップとして、


未来の自分』に向けて、日々の『記録』を残しておくことから、始めてみましょう。


そして、記録する度に、『未来で活躍している自分』のためになっていると喜び、加速度的に飛躍している未来への期待値をどんどん上げていきましょう。



今回も読んでいただき、ありがとうございました。


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