彼は「無駄ですか」と呟く。

 言葉とは裏腹に、何故か面白そうに顔は笑みを浮かべたままだ。

(あら?)

 この人は、本当は性格が悪いのかもしれない。

「先生は、無駄じゃないって言いますか?」

 そんなの、きれいごと以外のナニモノでもないと思うけれど。

 それでも。本当は「無駄じゃない」と、どこかで否定されたがって「無駄だ」と口にするのかもしれない。

「どうでしょう?」

 肩を竦める。

 否定も肯定もされず、わたしは何だか肩透かしのような、すっきりしない感じだ。

「『どうでしょう』?」

 彼の言葉をそのまま、なぞる。

 彼はまた先ほどと同じように肩を竦めた。

 わたしは、と口を開く。

「本当は誰かを好きになることが怖い」

でも、と続ける。

「『みんな好き』で『みんな嫌い』でいることは、もっと怖いし。それは、寂しい」

 みんなを等しく好きでいることは、実は『どうでもいい』と思っているのではないか。

 そこに考えが行き着いたら、とても不安になった。

 かといって、夢の中の『わたし』のように『彼』だけが特別で、それ以外はどうでもいいと思うことは、もっと怖い。

 堂々巡りだ。

 どちらも、選べない。

 必ずどちらかに不安を覚える。否、もしかしたら両方に。

 それに。

「せっかく努力して、選んでもらえないかもしれない」

 夢の中の『わたし』のように。

 全く相手にしてもらえないかもしれない。

「選んでもらえなければ、意味がないでしょう? 努力だって無駄でしょう?」

 夢の中で『彼』の視線が『わたし』に向くことはなかった。

 彼は「あぁ」と気の抜けたような声を出した。

 彼の、力まない反応にわたしはほっと口を開く。

「誰かを、好きになった友人を羨ましく思います。その人に、振り向いて欲しいと努力する。自分を磨く姿は美しいです」

 彼が構えないから、わたしは饒舌になってしまう。この人には、気軽に話して良いような気分になってしまう。

「だけど同時に、醜くもなる」

 わたしは言葉を切って、反応を窺う。彼は変わった様子もなく、相変わらず小さな微笑を湛えて、わたしを見ている。

「自分以外の人に冷たくしたり、その『誰か』の傍にいる人たちを排除しようとしたり。選んだ人を貶めようとしたり」

 わたしは短いけれど、今までわたしの歩んで来た人生の中で目にして来た光景を思い浮かべている。

 同時に思い出している。

 夢の中の『わたし』を。彼女の『誰か』を。

 『わたし』は『彼』がとても好きなのに。『わたし』が美しくありたいと努力するのは『彼』に見て欲しいからなのに。

 たくさんの人に美しいと褒め称えられても『彼』は『わたし』に笑みを向けない。

 『彼』と言葉を交わす、『彼』に笑みを向けられる、そんな人たちに『わたし』の心は荒れている。