だからさ、という青葉の声で現実に呼び戻される。

 「星良はまず、数真に話すことで様子を伺ったんじゃないかと思うんだよ」

 青葉の言い分は少しだけ解る気がした。

 反対されるかもしれない。

 その不安を消すために、自身の片割れの反応を見た。彼が理解をしてくれるなら、きっと、兄も反対はしないだろう。万が一、反対をしても片割れが味方をしてくれる。

 片割れが反対をするのなら、きっと兄も反対をするだろう、と。

 青葉が言うのは、そういうことだろう。ただそれは。星良が、妹が計算高いようで、兄の私は少し複雑な気がするのだ。

「それはないかな」

 私の気持ちを察してか、青葉はあっさりと自分の意見を否定した。

「数真も会ったことがないなら、」

 私を見る。

「星良の口からハッキリと聞いてはいないのかもな。察しただけかもしらん」

双子だし、と取って付けたように言う。

 店内をチェックし「帰ろう」と私を促す。

 小さく息を吐き、サロンを外す。ロッカーから鞄を取り出し鍵を掛ける。

 店内は既に青葉がほとんどを消灯してくれている。足元が見えるように一ヶ所だけがまだ点いている。

 彼に並ぶと無言でスイッチを切る。

 完全に照明が消えると店内は外からこぼれてくる灯りだけになる。

 人の姿はないのに、気配だけは残っている。ここは人がいる場所だと主張しているようだ。

 外に出て鍵を閉める。

 青葉が「懐かしいな」と笑う。

「学生の時も部室の鍵を閉める尚真(ショウマ)を待っていた」

「そういや、そうだな」

 釣られて笑う。

「長い付き合いだよなぁ」

 しみじみ呟く彼が可笑しかった。

「そうだなぁ。しばらくは切れそうもない縁だな」

 そう言ってやれば、友人はにやりと口元を歪めた。

 青葉の言葉に、空想してみる。

『お母さん、会って欲しい人がいるんだけど、』

『あらあら、どんな人?』

『お母さんと、あと、お父さんにも会って欲しいんだけど、』

 星良は言い淀みながら母の顔色を伺う。言いにくそうに、ちらりと周囲に父や兄弟たちがいないことを確かめて。

『お母さん、お父さんに言ってくれないかなぁ?』

 上目遣いに母を見る。母はそんな娘に『駄目よ』と笑う。

『そういうことは、自分で言わなくちゃ。大丈夫よ、お母さんが一緒にいてあげるから』

 星良はほっとしたように『ありがとう』とはにかむ。母は『大丈夫よ』と繰り返し、娘の手を取る。

『星良ももう、そんな歳なのね』

 嬉しそうに、でも少し寂しそうに微笑む。もしかしたら涙ぐんでいるかもしれない。

 相手がどんな人物なのか聞き出し、娘と二人、楽しく語り合う。

 私は決して訪れることのない、そんな時間を夢想してみる。

(お母さん、)

 呼び掛ける。

 生きていれば、そんなこともあり得ただろう。

 母娘二人、高い声で笑い合う。そんな二人にまず私と数真が首を傾げる。父は気付かない振りをしているかもしれない。

 娘の言葉を恐れ、だが同時に言い出すのを待っているのだろう。

 私は絶対に訪れることのない、そんな時間を夢想する。


 青葉は「保険だ」と告げる。

「保険?」

「星良(セイラ)は、数真(スウマ)っていう、保険をかけたんだと思うね」

 保険、と青葉の言葉をなぞる。

 彼は濡れた手をシンクの中で払う。水滴が落ちて小さな音を立てた。

誤解するなよ、と前置く。

「数真や星良にとって、お前は保護者だったわけだ。成人してからだって、面倒を見てきただろ?」

 両親が亡くなってから進路相談や三者面談にも行った。成人してからなら、入社時の保証人にもなっている。

「上手く言えねぇケド」

 青葉の目が泳ぐ。視線が斜め上に行き、反対に行き、だがまた私に帰って来る。結局、他の言い方が浮かばなかったようだ。

「言い方が悪いケド、お前はラスボスなんだと思うね」

ラスボス、と呟く。

 眉間に皺が寄るのが判る。とても、すごく、不快だった。

 青葉は悪いと思ったらしく首を竦める。

「いや、だから悪い言い方だって言っただろう? 良く言えば何だ? 花嫁の父か? そんな感じだと思うんだよ、星良たちにとって」

 花嫁の父。

「本当は、母親の方が言い易かったとは思うよ」

 青葉の視線が下を向く。

 彼はたぶん、私の両親を思い出している。そして星良や数真の思いを察している。同時に、私の、そしてまた両親を思いやっているのだろう。