私は青葉の顔を見て「何、」と強目の口調で問いただす。

 彼がにやにやと顔を歪めていたからだ。

「お前でもずいぶん可愛いげのあるところが残っていたんだなって思ってさ」

「何、言ってんだよ」
バカか、という暴言は飲み込んだ。

 自分が子供じみているような発言だったからだ。

 立ち上がってカップを下げようとする。彼は私を制して二人分のカップを下げる。慣れてない手つきに、割れ物を落とされてしまいそうで落ち着かない。

「数真と星良に除け者にされたみたいで寂しかったんだろ?」

 青葉はシンクにカップを入れてから口を開いた。落としそうだった自覚はあったらしい。

「何、言ってんだよ」

 そんなわけあるか、と反論しようとして口を噤んだ。

 そうかもしれない、と一瞬よぎってしまった。

 双子特有の、なんていう気はないけれど。生まれた時から星良と数真はいつでもくっついて遊んでいて、兄である自分はほんの少し二人との距離を感じていたような気がする。

「俺は、数真に思うまま話してみたって良いと思うケドな」

 泡立てたスポンジでカップを洗っている。

 青葉がそんなことをするなんて珍しい。彼なりに、私に気を遣っているのかもしれない。

「案外、同じかもしれないぞ」

「同じ、」

 肩を竦める。本人に聞けという意味だろう。

「そんな感じはなかったけどなぁ」

 今朝の弟の様子を思い出す。青葉が怪訝な顔をしたので、今朝、弟が訪れた時の様子を話した。

 彼は「ふぅん」とカップの泡をすすぐ。カップを置くと蛇口を閉めた。

「数真の方が、先に乗り越えたのかもな」

 誰と比較して、とは言わない。当然、もう一人の兄弟である私だからだ。

「星良も数真には言っていた可能性もあるしな。言わなくても仄めかすとか」

 そこで青葉はちらりと私を見た。

「もし尚真に反対されても数真は絶対に自分の味方になると思っていたかも」

 むっとした。

「反対なんかしない」

 否、ろくでもないと判断したら反対はするから少し嘘だ。

 青葉はカップを手に取るが、その中身の味を思い出したのだろう。口に運びかけて止めた。

「でもさ、それ、何で数真に相談しないんだ?」

 私は青葉の言葉を反芻する。

『何で数真に相談しないんだ?』

 反芻したのに、初め意味が判らなかった。青葉の言葉を何度も反芻して、ようやく彼の言葉の意味を知る。

 意味もなにも、そのまま言葉通りだというのに。

「つかさ、」

 友人の指がカウンターテーブルを叩く。爪がコツコツと良い音をたてた。

「お前はお前で、いっぱいいっぱいなんだろうケド。俺は、数真の方が衝撃を受けてると思うんだよな」

 青葉は「考えてみろ」と私から視線を外した。

「双子の姉だぞ? 兄貴の尚真よりもくっついていた姉貴だろう? それこそ生まれる前から一緒にいるんだ」

 母の胎内にいた頃から、星良と数真は一緒だ。生まれ落ちてからも「すぅくん」「せいらちゃん」と舌ったらずに呼び会う姿が懐かしい。

「数真の方がショックだったと思うケドな」

それとも、と首を傾げる。

「数真は知っていたのかな」

 私は首を振ってから「どうかな」と応える。掠れた声は闇に溶ける。

 今朝、店に来た弟の姿を思い出す。言葉、口調、声の調子。それに仕草。どれをとってみてもハッキリとはわからない。

「知ってはいたのかも」

 か細い声に、自分の口から出たとは信じられなかった。

 青葉は、視線だけで話すよう促してくる。私は小さく息を吐く。

「数真も会ったことはなさそうだけど、ただ、星良にそういう相手がいることは知っていたみたいだった」

 今朝の弟の口振りからは、そう受け止められた。

 私が全て話終えて「ふぅっ」と息を吐くと、青葉は「そういうことか」と呟いた。

 彼は私の視線に気付くと苦笑する。

「珍しかったからさ、星良のハッキリしない言い方が」

探るみたいだった、と付け加える。

 同居人でもある青葉に、私の様子を聞いたのだろう。いつもズバズバ言う星良の、ハッキリしない言い方が気にかかって青葉も腰を上げたんだな。

 もしかしたら家での私の振る舞いがいつもと違ったのかもしれない。若葉にも「店長らしくない」なんて言われてしまう体たらくだし。

 青葉は「そういうことかぁ」ともう一度、呟く。

 カップを手にとったが口に運ばず、また戻す。取っ手を指先で撫でている。やがて手を止め、私へ視線を向ける。

「気持ちは、解らなくもない」

「んん?」

 遠い言い回しだなぁ。

 解るのか解らないのか、どちらだ。

 青葉は「ウチは弟だから」とカウンターを指差す。そこにはいない、若葉を示す。

 それで彼の言いたいことが、ホンの少し解った。

「結婚ってさ、嫁にいくものって思われているだろ?」

それってどうなんだろうな、と首を傾げた。

「俺にはいまいちピンと来ないんだよな、ソレ。嫁にいくってのが正直、よくわからない」

 青葉は口を尖らせる。子供じみた仕草も、私と二人だけの時は許している。さすがに社長がこれでは威厳が無さすぎるからだが、二人の時は友人である一面まで隠させたのでは青葉だって堅苦しいだろう。

「行く、イコール出ていくになっている訳だと思うんだよ。でもさ別に他人になる訳でもないじゃんか」

家族には変わらないだろ、と告げる。つまりさ、と続ける。

「尚真は星良が他人になっちまうような気が、どこかでしているんじゃないか? 奪られたような気が、どこかであるんじゃあないのか?」

そんな訳ないって思いながらな、と彼は視線をカップに戻す。

 そう、なのだろうか。

 青葉の言葉を、鵜呑みにするほど納得はしていない。けれど「そんなことはない」と強く否定できる根拠もない。感情はどちらにも傾くが、どちらにも傾かない。

「俺はやっぱり何も言えないな」

 彼は「尚真が正しいと思う」と私と目を合わせる。

「この問題は、身内の話だ」

 青葉のハッキリとした声が静かな店内に響く。

 冷めたコーヒーを口に運び、顔をしかめた。彼も酸味の強いコーヒーは苦手なのだ。

「『家族同然』と『家族』てのは、違うと思う。あくまでも『同然』なんだ、『みたい』なものだ」

俺の考えだけどな、と注釈をつけた。

「だから俺が簡単に『会えば良い』『やめれば良い』と言う話じゃない。決めるのはお前だよ、尚真」

 きっぱりと言い放つ。