彼は遠い目をする。

「否定的な答えは、誰も言って欲しくないんです。自分でも、薄々気付いているのに。否定されれば、反発してしまう」

 彼は、誰を見ているのだろう。

 かつて止められなかった人だろうか。

 今でもそうやって、思いを馳せるのか。今でもそうやって、気にかけるのは。

(後悔しているから?)

 彼は再びわたしへと視線を向ける。わたしの身体は驚いて、小さく震えた。

「誰かを、好きになりたいんですか?」

「え?」

 どうだろう?

 解らず、彼の顔を見つめた。答えが出て来るはずまないのに、彼の顔を見たままだ。

「誰かを、好きになりたいのかもしれません」

 曖昧な答だ。

「水藍や友人たち、クラスメイト。それに先輩たちを、好きです。だけど、」

 わたしは続けようとした言葉に、自分で震えてしまう。

「みんなを好きっていうのは、実は、みんな嫌いってことなんじゃないかって、」

怖くなったんです、という語尾は小さな声になってしまい、彼に届いただろうか。

 彼はわたしへと視線を転じる。

「友達と話が合いませんか?」

 答えられなかった。

 あまりにストレートな問に、わたしの思考回路は停止してしまった。

 否、逆だ。

 彼のその問に否定的な答・肯定的な答、どちらともつかない曖昧な答が渦を巻き、わたしはどれも選べず答えられなかった。

 思考回路はフル回転していたにも関わらず、わたしは答を選べなかった。

「自分は立場上、相談されることが多いですケド。恋愛相談は、実は苦手なんですよね」

 ため息混じりに頬杖をつく。

 わたしに気を遣って、そんな風に言うのだろうか。

 それは深読みし過ぎで、彼の本音に間違いないのだろうか。

 彼はちらりとわたしを見て、ふっと静かに笑う。

「皆ね、聞いて欲しいだけなんですよ」

 わたしの反応を待つように、わたしを見つめている。

「大抵、自身の中で答は出ているんです。」

 彼は「誰かに、」と目を細める。

「誰かに背中を押して欲しいんです」

 にこりと笑みを向けてくる。

 彼は少し考える素振りを見せた。首を傾げて、視線を上に向ける。

 やがて「そもそも、」と口を開く。

「そもそも。誰かに何を言われようが、人を好きになる時は、なります」

 やけにきっぱりと言い切る。

 確かにそれはその通りなのだけど。

「止めたって無駄だし、止めることはできないし。最悪、止めたことに寄って火に油を注いでしまいます」

 熱の入った口調に言葉を挟めない。

 もしかしたら彼自身が経験したのかもしれない。

 あの口調からして、火に油を注いでしまった側ではないだろうか。

 そして好い結果にはならなかったんじゃないかな。

 だからこそ、あんな熱のこもった言い方をしたのだろう。

 彼が引き留めたかった人が、男女どちらだったのか判らない。

 女性ならもしかしたら彼が想いを寄せていた人なのかもしれない。

 男性なら、彼の友人だったのかもしれない。