前言撤回。

(性格が悪いわけじゃない)

 彼は結局「無駄じゃない」と言っている。

 彼自身が本当に、そう思っているのか。わたしのために、そう言っているのか。それは判らないけれど。

 彼は相変わらず微笑を浮かべたまま。それが地顔のように張りついている。

「先生、」

「ハイ」

「先生には『誰か』がいましたか?」

 彼は「過去形ですか?」と苦笑する。

「え? あ、ご、ごめんなさい」

「君たちよりは大人ですケドこれでもまだ若いんですよ」

 彼は口にしながらも気にした風はなく、何故か楽しそうだ。

「まぁそんなこと言っておいて、いないんですケドね」

 にこにこと、やっぱり何故か楽しそうに口を開く。内容は決して楽しい訳ではないのに、彼は笑顔のままだ。

「お付き合いさせていただいた女性たちにも、いなかったですね」

語弊があるな、と呟く。

「彼女たちのせいじゃないですね。自分の気持ちが、最後には引いてしまって。努力をしなかったんですね」

 彼はさらりと遍歴を語る。

 自分でも口にしたことなのに、何故だろう? いざ他人の口から聞くと否定したくなってくる。

「それは、そうだと思います、ケド、」

 歯切れの悪いわたしに首を傾げている。

「努力の結果、違う人に見初められたとしても。その努力自体は、その新しい人のためにしたものじゃないでしょう?」

 わたしは首を傾げかけたが小さく「あ」とこぼす。彼が言うのは。

「『誰』のための努力かってこと?」

「基本は自分のためですケドね」

 しっかり主張された。

 そうね。

 努力するのは自分のためだわ。自分を選んでもらうためにする努力なんだもの。

 『誰か』に選んでもらうために、その『誰か』に相応しい人になろうと。そういう努力なんだもの。

 結果的に、自分を選んでもらえなければその『努力自体』に意味がなくなる。

 他の誰でもない、たった一人に選んでもらうためのものだから。

 別の誰かに選んでもらうためにしたことじゃない。

「努力の結果、選んでもらえなくても。その後、自分磨きを継続するかどうかだと思いますよ」

 結果的に、その恋に破れても。自分磨きを続けていけたなら。

 それは、きっと。そこからは、きっと。

「無駄ではなくなるのね…」

 彼が言いたいことは、そういうことなのだろう。

 彼は笑みを浮かべたままだ。

「感じ方は人それぞれですから」

 続く言葉を待っていたけれど、彼の口は開かない。短か過ぎて真意が解らない。

 彼の言葉は、言葉の意味だけなら解る。だが、そこに込められている『彼の言葉の意味』が解らない。

「先生、」

 わたしは「解らない」と含めるように、彼を呼ぶ。

 彼は「おや?」と首を傾げる。

「わからない?」

 わたしが「解らない」と答えるのは意外だとでも言うような顔をしている。

 彼は「そのままですよ」と短い。

「感じ方は人それぞれですから、本人が無駄だと思ったならやっぱり無駄なんです」