彼は「今はまだ、」と続ける。

「今はまだ、時間が経つの遅くても」

あっという間です、と締める。

(あ、それ、)

 紫藤(シドウ)が同じことを言っていた。

 彼らには、時間が経つのは早いのだろう。わたしには、もどかしく思えるほど遅いのに。

 いつから時間を早く感じるのだろう。彼らと同じ年になれば解るのだろうか。

 わたしは八須を見て、同時に紫藤を思い浮かべた。

「いつから、」

 気付いた時には口をついて出ていた。

 彼は「いつなんでしょうね」と柔らかい声音だ。

 彼にも『いつ』とは判らないのだろうか。これもまた、気付いたらってことなのだろうか。

 わたしは首を横に振る。

 彼はそんなわたしを見て困ったような顔をした。

「人それぞれですよ。結局は全て、人それぞれが感じたり思ったりするんです」

 はっきりと、断言する。

 彼は「みんな違う人間なんです」と締めくくる。

 わたしは「減りますか」と間の抜けたことを言ってしまう。

 彼は「減りますよ」と応える。

「気持ちは目に見えないから減らないなんて言いますケド」

 ちらりと視線を外した。わたしがその視線を追う前に口を開く。

「確実に減っていきますよ。自分が減っていく実感を抱きます」

 逆なのかしら。

 彼は誰かを好きになろうとしたのかしら。

 そうして自分も相手も、傷つけてしまったのかもしれない。

(わたしには、判らないことね)

 彼は「少なくとも、」と続ける。

「少なくとも時間は減っていきます」

 彼は少し顔を歪めた。苦笑を作ろうとしたけれど失敗したみたいだ。

 上手く笑えないと判るようで、彼は自分の頬をさする。

「高校生活なんて三年間しかないんですよ」

今しかない、と加える。

 彼自身、高校時代のことは後悔が多いのだろう。だから、伝えるのかもしれない。

 わたしは、と口を開く。

「わたしは、どうしたら、」

 彼は困ったように首を傾げる。

「どうもしなくても、良いんじゃないですか」

 突き放されたような答えに、わたしは首を横に振る。

「無理をすれば、どこかにしわ寄せが来るんです。無理に誰かを好きになろうとしなくても、気付いたら好きになっていますよ」

 わたしは「しわ寄せ、」と彼の言葉を口にする。彼は肩を竦めた。

「誰かを好きになった振りは辛いですよ。いつまでも自分を偽り続ける。相手にも失礼ですし」

 彼の話は、彼自身の経験に基づいているような気がする。

 話振りから、彼の方が『相手』だったのではないかと思わせる。

 その通りならきっと傷付いただろう。

 ちらりと窺う。彼は首を傾げて、にこりと笑う。その顔を見たら、深くは聞けない。

 これ以上は傷つけられない。

 そう思ったけれど。

「相手も自分も傷つきますよ。自分が、減っていきますよ」

 彼は自ら口にした。