わたしは彼の横顔を見ている。

 彼は校庭へと視線を向けている。

(あぁ、そういう、)

 彼もまた『置いて』いかれたのだろう。彼の友人たちが『置いて』いった過去の一部。

 だから、たぶん『捨てた』なんて思いたくないのだろう。誰も自分が捨てられたなんて思いたくない。

「先生は、出て行こうと思わなかったんですか?」

 彼の視線がわたしに戻る。

 しばらくきょとんと、わたしを見つめていた。わたしが誰だか判らないとでもいうような顔をしていた。

 やがてハッとしたように「自分は、」と口を開いた。無理矢理、自分の口唇を動かしたように見えた。

「その頃に、事故に遭ったので」

 足をさする。

「実は意識が曖昧で、その辺のことはハッキリ覚えていないんです」

 苦笑する。

 彼は「後から聞いたんです」と肩を竦めた。

 彼は「そんなに、」と続ける。

「放っておけないって、家族や他の友人たちも、何もかも全部、」

 言葉を切る。

 彼の言葉は途切れたまま、続かない。

(友情と恋の違い?)

 彼は、学生時代の友人たちを思い浮かべて、そして彼らに問いかけている。

「全部?」

 彼ははってしたようにわたしを見た。

 目が泳ぐ。

 けれど結局、わたしへと戻ってきて息を吐く。

「何もかも全部、置いていったままです」

(『置いていった』、)

 そこは『捨てていった』ではないのか。あくまでも『置いていった』と思いたいのか。

 一度も。

 家族や友人たちにも連絡すらしていないのなら。それはやっぱり『捨てた』のではないか。

 けれど、きっと彼に問いかけたら「違う」と言われてしまうだろう。

 彼は「学生時代に、」と話し始める。

「卒業と同時に、地元を出て行った知人がいるんです。それだけなら、たぶん、よくある話」

 視線を窓へと転じる。遠く、窓の外から更に遠くを見ている。

 きっと話している人たちを、彼らと過ごしていた自分を見ている。

「まだ、帰って来ない」

 わたしがいることを忘れてしまったのではないか。それくらい、小さな呟きだった。

「出て行ったきり、一度も帰って来ていないんですよ。誰とも、連絡を取っていないんです」

 彼は瞼を伏せる。ため息混じりにこぼす。

「放ってはおけなかったんだろうな、とは思えるんです」

でも、と続ける。

「それだけだったのかなぁ」

 彼の意識は、離れた。過去の知人たちに、過去の自分たちに思いを馳せている。