「万が一、」

 彼の声がした。

「万が一、言ったことで関係が崩れたなら。それなら、もう、親類付き合いだけをすれば良い」

 顔を上げたわたしに「割り切るしかないですよ」と言い放つ。

「でも、」

 続く言葉は見つからない。

 見つかる、わけがない。何を言ったって、言い訳にしかならない。

(判っているから、)

 頭では、判っているから。だから続く言葉が見つからない。

「言葉ほど、簡単ではないです」

 彼は苦笑を浮かべた。

 その柔らかな表情に、ほっと息を吐く。

「友情と恋の違いって何だと思います?」

 唐突な問いかけに動揺したのか、目が眩む。いや、目が廻る?

 彼はわたしのことなど、お構い無しだ。

「アレも一種のカケオチなのかなぁ」

 頬杖をついて、ため息のようにこぼした。

 彼は、きっとわたしを見ている。

 そう思っても、わたしは顔を上げられない。彼が、どんな表情でわたしを見ているのか。

 わたしを見ている。

 それは、わたしの自意識過剰だろうか。

 彼は「いいんじゃないですか」と口を開く。

 思わず顔を上げる。微笑を浮かべたままの彼と目が合って、また俯く。

「言ってみても、いいんじゃないですか。」

 繰り返す。わたしは今度は顔を上げない。

「どちらかが、どちらかに負い目を感じている。それは、あまり健全ではないですよ」

 彼は「言って、壊れるような関係ですか?」と、厳しい。

「はっきり言ってみて、それで離れるなら、どちらにしても破綻は見えている」

 今まで優しかった彼からとは、別人のような厳しい意見だ。

 それでも、わたしは水藍に言えない。何故なら。

「従姉妹でも、あるんです」

 親類付き合いを止めることはできない。親たちの仲が悪いわけでもない、むしろ良い方なのだから。

 彼は「君は?」と問う。

「わたし、ですか?」

「そう。夢は何です?」

 彼は「単純なものでも良いですよ」と付け加える。

「夢、ですか……」

 爪先を眺める。

 そもそも。ここを訪れるキッカケが、それだったような気がする。

 紫藤に、水藍との関わりを指摘され。海(カイ)に、水藍への思いを言わせて。

 そして、ここに来たのではなかったか。

「水藍に、もういいよって、」

 声が震えた。

「もう、手を握り続けなくていいって。水藍の、自由にしていいって、」

そう言いたい、と語尾は震えて声にならなかった。

 沈黙が流れる。わたしは爪先を眺めたまま、顔を上げられない。彼は、わたしを見ているのだろうか。

 彼がそこにいる、その気配だけしか感じとれない。

 空気が揺れるのは、彼の呼吸、わたしの呼吸、それだけのせいだ。