水藍は「本当に?」と心配そうな眼を向けている。

「ホントホント。大丈夫。ちょっと寝不足だっただけ」

 彼女は「寝不足、」と小さく繰り返す。

 水藍の方が慢性的に寝不足なのだ。

 夢をよく見ている。それに眠りが浅いのか、物音で目覚めてしまう。

 そういえば祖父の家に泊まった時も、わたしがトイレに起きると水藍は起こさなくても一緒に行ってくれた。

 わたしは八須を見た。

 それから水藍を。

「菖蒲?」

 水藍の視線も八須に向かい、またわたしに戻る。

「時間なんてあっという間だって、」

 突然、口を開いたわたしに彼女は首を傾げる。

「水藍」

 名を呼ぶ。彼女の身体がぴくりと反応した。それは緊張した反応だったのかもしれない。

「水藍がわたしに合わせて、水藍のやりたいことをやれないのは哀しいわ」

 紫藤(シドウ)は「別々の人間」と言って、わたしたちが同一視していることを心配していた。

 水藍はわたしの傍に来る。

「菖蒲、大丈夫?」

 わたしは「大丈夫」と応えたけれど、彼女は納得しないようで不安そうな眼を向けている。

「海(カイ)先輩が何か言ったの?」

 水藍はわたしが海と関わることを嫌う。

 それは海が初対面のわたしに向かい「嫌いだ」と告げたからだ。初対面の相手に突然言われ、当然わたしは困惑した。

 いくら知らない先輩とはいえ「嫌い」と言われて傷付かないわけはない。

 水藍は、海は「菖蒲を傷付ける」とそう思っている。

 だから海は、自らハードルを上げてしまったのだ。

(それも、わからないケド)

 わたしは何も言わずにいる保健医を見た。彼は、わたしたちを見守っているだけ。

 わたしの視線に気付いたのか、目が合うとひとつ頷いた。

 何を言われたわけでもないけれど、彼がそこにいてくれて良かった。

「菖蒲?」

「ありがとう、水藍。もう本当に大丈夫だから。海先輩は関係ないよ」

 海じゃない。

 問題はいつだって、わたしの中にある。

 ノックの音。わたしも彼も、意識が扉にいく。

「失礼します」

 カラカラと音を立てて扉が開く。

(保健室にこの音はどうなのかしら?)

 寝ている人がいたら、気になる音ではないかしら。意外と響く気がする。

 彼は「こんにちは」と笑みを向けている。彼女も彼に釣られて「こんにちは」と戸惑い気味ではあるが応えた。

「菖蒲(あやめ)」

「水藍(スイラン)」

 彼女が迎えに来てくれたことに、わたしは心底ほっとしている。

 手を放して良い、と。そう思っているのは真実(ほんとう)。

 けれど。手を放さずに、わたしの傍にいてくれることに安心しているのも、紛れもない真実。

 彼女の手が放れて、一人になることが怖くないわけない。

 いつだって水藍はわたしの傍にいてくれた。

 わたしには、水藍以外にいないのだから。