八須と目が合う。彼は微笑みを深くするだけで何も言わない。

 わたしは俯いてしまった水藍を見つめた。

 水藍、と彼女の名を呼んだはずだけれど、声は掠れて音にならなかった。

 彼女の身体が小さく震えていて泣いているのかと思った。

 けれど泣く理由も判らず、やはり違うとも思った。

 彼女はわたしに「ごめんね」と言った。

(水藍が謝る必要なんてない)

 そう思うけれど、わたしが何を言っても彼女に伝わらない。

 そんな気もした。

「水藍、」

 今度はちゃんと声になった。

「わたしはちゃんとわたしだから」

 彼女の身体の震えが止まる。ゆっくりと顔を上げる。

 水藍は「菖蒲」と掠れ気味の声でわたしを呼んだ。

「水藍が、わたしを自分に合わせていると思ったなら、水藍もちゃんと水藍なのよね」

 お互いがお互いに、相手を自分に合わせていると思っていたのなら。

 それはお互いに、自分の主張をしていたってことだわ。

 わたしも水藍も、自分自身でいたってことでしょう?

 わたしは「水藍」と彼女を呼ぶ。

 彼女の顔色が白いから瞳の黒が一層、際立つ。

 その黒い瞳が揺れている。揺れてきらきらと蛍光灯を映している。

(泣きそう?)

 水藍の瞳が潤んでいる。

 わたしは驚いているけれど、たぶん、表情には出ていないだろう。

「水藍、」
「菖蒲(あやめ)」

 遮られる。

 水藍は小さな子がいやいやとするように首を振る。

「菖蒲、違うよ」

 水藍がわたしの手を握り返す。

「合わさせていたのは、私の方」

ごめんね、と彼女は俯く。

「ずっと気付かない振りをしていたんだ。居心地が良くて、見ない振りをしていた」

ごめん、と繰り返す。

 水藍は俯いて顔を上げようとしない。

 わたしは謝罪を繰り返す彼女に何を言えば良いか判らず、思わず八須(ハチス)を見た。

 彼はやっぱり、わたしたちを見てただ微笑んでいる。

 水藍(スイラン)の瞳が揺れる。

「何を、」

 その先の言葉が続かない。口唇を閉じる。

 水藍の目が逸れる。彼女は逸らしたことに気付いて、またわたしに視線を戻す。

 その瞳は、揺れている。

(判るのに、)

 わたしには、判るのに。

 水藍が誤魔化そうと、否、取り繕うてしても。わたしにだってソレは判る。

「水藍」

 わたしの呼び掛けに瞳が大きく揺れる。

「水藍、」

 自然と手が伸びた。

 彼女の手を取る。

(冷たい)

 水藍の指先は冷えていた。冷たさに驚いて、彼女の顔を見上げる。

 わたしは水藍の瞳ばかり見ていたけれど、顔色が良くない。

 強張っている。

「水藍?」

 手を握ると、彼女の身体がびくりと揺れた。