わたしと水藍は進路希望表を提出した。

 お互いの用紙は見なかった。否、見ないことにした。

 気になるなら、問えば良い。水藍はきっと、わたしに答えるだろう。

 提出に行くと紫藤(シドウ)と海(カイ)が何やら話し込んでいた。

 海は水藍に気付いたけれど、また紫藤と話している。それでも彼女が気になるらしく、ちらちらと伺っている。

(何だかなぁ~)

 いじらしいというのか、いじましいというのか。

(いじましい、なんて可哀想かしら)

 本人は一生懸命なのだから。



 どんなにたくさんの『誰か』に愛されても意味がない。本当に愛されたい『誰か』に愛されないのなら。

 けれど。

 その『誰か』が自分を愛してくれるとは限らない。

 それでも。その『誰か』が愛してくれるように、努力を止められない。

 いつか、その努力が何かの形で本人に返ったら良い。

 水藍を気にする海を見ながら思う。

 わたしが海に協力することは絶対にないけれど!




      了

 水藍(スイラン)は「菖蒲(あやめ)」とまたわたしを呼ぶ。

(あ、)

 今度は少し笑った。

 その笑顔はぎこちない、強張った笑顔だったけれど。

 わたしは安堵した。

 ぎこちない笑顔がとても彼女らしかった。

(おかしなものね)

 彼女の表情も、感情も。わたしはとてもよく知っているのに。

 そんな、ぎこちない笑顔が「水藍らしい」なんて。

 それまで沈黙していた八須(ハチス)がひとつ咳払いをした。

「そろそろ、ね? 体調が良くなったなら戻った方が良いでしょう」

 彼は微苦笑を浮かべている。

「あ、」

「ハイ。ありがとうございました」

 わたしは八須に頭を下げた。

 顔を上げた時に見た彼は、意外なものを見たような顔をしていた。

「水藍、行こう」

 促すわたしに小さく「うん」と応える。彼女はちらりと八須を見た。

「行ってらっしゃい」

 わたしたちの背に声が掛かる。

 思わず振り返ったわたしたちに、彼は、相変わらず微笑を湛えている。

 水藍(スイラン)はまたわたしを呼ぶ。

 彼女の声は掠れていて「菖蒲(あやめ)」と呼ばれたわたし以外は判らなかったかもしれない。

「水藍が、したいようにしているなら、」

 ちらりと八須を見た。何故、彼を見たのか解らない。

「水藍がいいなら、わたしもいいの」

 彼女の瞳が揺れる。

「菖蒲、」

 わたしは八須(ハチス)のように微笑みを浮かべた。つもりだ。けれど、ちゃんと笑えているかしら。

(どうして八須先生を見たのかしら?)

 笑えているかどうかも、何故、八須を見たのかも。自分のことなのに判らない。

 表情は自分だから見えないのは仕方ない。

 彼とじっくり話したのは初めてのはずなのに。

(どうして、)

 わたしは水藍を見つめながら、八須を、否、八須の気配を全身で捉えている。

 わたしは彼の言葉を待っているのだろうか。

 今の状況を進めてくれる言葉を。待っているのか。