得意楽器はボキャブラリー -47ページ目

酒のはなし(実験篇)

得意楽器はボキャブラリー

仕事に煮詰まってきて
アカン、ビールでも飲んだろ
と思って冷蔵庫を開けたらコイツと目が合った。

誰かが来たときに開けたのだけど半合ぐらいだけ残ってしまって
そのまま2ヶ月が経過していた。

存在には薄々気づいていたけれど
生酒だし時間が経つほどに怖くなって放置していたのだ。

しかし酒を語っている立場だし
何事も実験と思いコワゴワではあるが少し飲んでみた。


ん?・・・飲める。

明らかに老ねてるけれど飲めなくはない。


造りの悪い酒はすぐに劣化する。
生であれば尚更のこと。
持続力があるのは造りがいい証拠なのだ。


恐るべし、諏訪泉。
腐っても諏訪泉。


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さらば渋谷

渋谷という街は好きになれない。
渋谷に事務所を置いている理由も利便性以外にはない。

渋谷で気持ちのいい朝を迎えることは難しい。

歩き煙草のバカヤローどもの煙を吸いながら坂を上り
ゴミの山となった歩道橋を渡る。

毎朝のように空き缶や汁が残ったカップ麺とかを見ていると
絶望的な気持ちになるものだ。


この街はもういいかな、と思う。

酒のはなし(2)

自己満足に終わるかと思いきや
案外と好評だった気がするので(勘違いかもしれないが)
選挙特集の予定を急遽変更して第二話を書くことにする。
(ちょっと選挙の話題に飽きたせいもある)

第一話を読み返してみると「すっぴん」の例え話で興奮してしまって
なぜ純米がいいのか、燗がいいのか何の説明にもなっていなかった。

細かに書くと十話でも足りないので
いつ打ち切りになってもいいように基本的なことから押さえていきたいと思う。
お酒に興味のある人にはぜひ読んでいただきたい。


日本の伝統的な酒造りは世界に類を見ない高度な文化である。
なのに日本酒の地位は海外はおろか国内でも高いとは言えない。


日本酒の世界は知れば知るほど歪んでしまっていて
本来の日本酒のよさは全く伝わっていないと僕は思う。

ワインの産地や品種について語れる人はたくさんいるようだが
日本酒では有名銘柄を並べられる人はいても
造りまで理解している人はその中の5%もいないと思う。


前話で、日本酒が好きと言う人の大半は「淡麗辛口派」と「大吟醸派」と言ったが
別にそういう人たちをバカにしているわけではないので誤解しないでほしい。

ただ、そういう嗜好の銘柄が日本酒を代表して語られると
おいおい、ちょっと待て、と思う。


「淡麗辛口」といえば新潟清酒だけれど
これは戦後の粗悪な三倍増醸酒に対するアンチテーゼであり
「酒臭い」「飲みにくい」といったイメージを回復することに成功した。

できるだけ米を削って、味を削って「飲みやすさ」を追求した。
それこそ水のようにさらっと飲めることを目指して造った酒である。

さらに華やかな香りをつけることで
一層酒臭さを消した綺麗な味がウリなのが「大吟醸」だ。


そういう酒が窮地にあった日本酒に目を向けさせたのは事実かもしれないが
決して日本酒の本流にあるのはそういう酒ではない。
日本酒の本来の旨みは米の味なのに
米の味をできるだけ感じさせないようにした酒がスタンダードであってはおかしい。


これは決して屁理屈ではないのだけど
じゃあといって近所の酒屋に純米酒を買いに走っても
大して美味い酒が売っていないのが辛いところである。

なぜなら日本酒は工業製品ではなく人の手で作られる手工芸品であり
数少ない腕利きの職人(杜氏)の名人芸でしかなしえないものだからだ。

(造りについての話は受け売りになってしまうが)
特に純米酒は発酵という自然作用の成り行きによる部分が多いので特に難しい。
時間も手間もかかりその上、味の保障が難しいので
アルコールを添加するほうが作り手としては都合がいい。
(アルコールを添加するのは発酵を止めて味を調整する意味がある)

それでも純米にこだわって造る酒造家がいるのは
アル添には真似できない味わいが純米にはあるということなのだが
難しい分、アル添にも劣る純米酒がたくさんあるのも事実なのだ。

・・・

収集がつかなくなってきた。
またもやシリキレトンボになってしまうけれど
これ以上長くなると誰も読んでくれそうにないので終わりにします。

一向に話が前に進まない気がするのは気のせいでしょうか。


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