昨日の投稿で、
「これは年齢のせいじゃない」
そう、はっきり思いました。
原因がわからない。
検査をしても異常はない。
でも、体は確実に悲鳴を上げている。
そのとき、ふと浮かんだのが
「体の声を、ちゃんと聞いたことがあっただろうか?」
という疑問でした。
これまでの私は、
忙しさを理由に、
無理をすることを当たり前にしてきました。
薬で抑える。
気合いで乗り切る。
「仕事があるから仕方ない」
それが“大人”だと思っていたのです。
でも、
毎晩の頭痛。
頻発する喘息発作。
夜間救急に通う日々。
さすがに、
体の声を無視し続けることはできなくなりました。
「治す」より先に、
「向き合う」必要がある。
「何が悪いのか?」ではなく、
「何を我慢してきたのか?」を
考えるようになりました。
そんなとき、
食事、生活習慣、呼吸、休息…。
少しずつ、
“自分の体に目を向ける言葉”に触れるようになります。
まだ、この時点では
ファスティングという答えには
たどり着いていません。
ただひとつ、
はっきり決めたことがあります。
「これからは、自分の体を単なる入れ物にしない」
治す対象ではなく、
押さえつけるものでもなく、
一緒に生きてきた“相棒”として
体を見てみよう。
そう思えたことが、
今振り返ると、
すべての始まりだったように感じます。
例えて言うなら、
夜が明ける瞬間。
まだ暗いけど、確かに光が見えた瞬間だったように思います。
