自分を取り戻すためのファスティングという選択

自分を取り戻すためのファスティングという選択

ファスティング指導歴14年。食・体・心を切り離さず整える視点で、無理なく健やかに生きるヒントを発信。100歳まで動ける身体づくりと心の整え方もお伝えしています。


ファスティングの期待できる効果

光を信じて、一歩踏み出した瞬間


まだ完全に良くなったわけじゃない。

不安が消えたわけでもない。


でも、あの日。

確かに「一歩」を踏み出した。


それは、大きな決断じゃありません。

人生が変わるような派手な行動でもない。


ただ、

「この体の声を、ちゃんと聞いてみよう」

そう思えた瞬間でした。


今までの自分は、

我慢することが当たり前で、

無理をすることが普通で、

多少の不調は見て見ぬふりをしてきました。


でもその日は違った。


怖さはありました。

本当に変わるのか、分からなかった。

期待して、また裏切られるのが嫌だった。


それでも――

あの“わずかな光”を、疑いきれなかった。


「もしかしたら」

「今度こそ」

そんな小さな希望を、手放さずにいようと思った。


その一歩は、

誰かに褒められるようなものでもなく、

周りから見れば、気づかれもしない一歩。


でも、

自分の人生にとっては、確かに方向を変えた一歩でした。


光を信じる、というのは

「うまくいくと確信すること」じゃない。


不安があっても、

完全じゃなくても、

それでも前に足を出してみること。


今振り返って思うのは、

回復の始まりは

体が変わった瞬間じゃなかった。


自分を信じ直した瞬間だった。


もし今、

あなたが迷っているなら。


大丈夫。

その一歩は、小さくていい。


光は、

信じた人から先に、近づいてくる。




ほんの一歩。でも、確かに進んだ日。


まだ暗い。

でも、確かに光が見えた。


そんな感覚、ありませんか?


長い間、

・体が重い

・気持ちが晴れない

・何をやっても変わらない


そんな“夜”の中を歩いてきた人ほど、

夜が明ける瞬間は、とても静かです。


劇的な変化は起きていない。


でも、

「あれ?昨日より少し楽かも」

「なんだか呼吸が深い」

「ちゃんと自分を大切にしたいと思えた」


それは、

夜が明け始めたサインです。


夜明けは、

いきなり太陽が昇るわけじゃありません。


ほんのわずか、

空の色が変わるだけ。


でもその瞬間、

もう“夜”は終わりに向かっています


もしかしたら今のあなたは、

その場所に立っているのかもしれません。


まだ暗い。

でも、確かに光が見えた。


その感覚を、

どうか信じてあげてください。


体は、ちゃんと応えている。

心も、静かに整い始めている。


今日という日は、

「頑張る日」ではありません。


**“夜明けに立ち会う日”**です。


今日はただ、

その光を感じるだけでいい。







このときはまだ、

「治る」とは思えていなかった。


ただ、

「このままではない」とだけ、感じていた。

昨日の投稿で、

「これは年齢のせいじゃない」

そう、はっきり思いました。


原因がわからない。

検査をしても異常はない。

でも、体は確実に悲鳴を上げている。


そのとき、ふと浮かんだのが

「体の声を、ちゃんと聞いたことがあっただろうか?」

という疑問でした。


これまでの私は、

忙しさを理由に、

無理をすることを当たり前にしてきました。


薬で抑える。

気合いで乗り切る。

「仕事があるから仕方ない」


それが“大人”だと思っていたのです。


でも、

毎晩の頭痛。

頻発する喘息発作。

夜間救急に通う日々。


さすがに、

体の声を無視し続けることはできなくなりました。


「治す」より先に、

「向き合う」必要がある。


「何が悪いのか?」ではなく、

「何を我慢してきたのか?」を

考えるようになりました。


そんなとき、

食事、生活習慣、呼吸、休息…。

少しずつ、

“自分の体に目を向ける言葉”に触れるようになります。


まだ、この時点では

ファスティングという答えには

たどり着いていません。


ただひとつ、

はっきり決めたことがあります。


「これからは、自分の体を単なる入れ物にしない」


治す対象ではなく、

押さえつけるものでもなく、

一緒に生きてきた“相棒”として

体を見てみよう。


そう思えたことが、

今振り返ると、

すべての始まりだったように感じます。


例えて言うなら、

夜が明ける瞬間。


まだ暗いけど、確かに光が見えた瞬間だったように思います。