11月4~6日敦賀 | キハのひまつぶし研究室

キハのひまつぶし研究室

無意味なブログ。
無意味なことに価値を見出そうという路線で運行中。

今月上旬、当ブログでたびたび記事を更新していたのを見た方もいらっしゃるかと思いますが、福井県に行ってきました。

 

11月4日夜、敦賀行きのフェリーに乗るべく苫小牧東港に行くことになっていましたが、苫小牧市のかなりはずれの方にあり、アクセスが良くありません。JR南千歳駅から連絡バスが出ているということでそれに乗るつもりでいたのですが、フェリー会社のサイトで確認すると、前日までにフェリーターミナルに連絡を入れる必要があるとのことでした。それを見たのが当日なのでもう間に合わない。仕方がないので日高本線の浜厚真駅へ行き、そこから歩くことにしました。駅を降りると街灯がなく、真っ暗な道を20分ぐらい歩かされましたが、星空を眺めるにはよかったと思います。

 

今回乗ったのは、新日本海フェリーの「すずらん」という名前の船。23時30分出航。

船内の様子。ロビーのあたりが吹き抜けになっており、高さのあるオブジェがあります。深夜なので人気がありません。

 

大きな波はなく快適な船旅でした。海の上ではスマートフォンはつながらず(一応Wifiはある)、荷物になるため本を持ってきているわけでもないので、特に何もすることがなく21時間。11月5日20時30分、敦賀港に到着。敦賀駅前までバスで行き、古いビジネスホテルにそのままチェックインしました。

 

11月6日

朝6時ごろチェックアウト。敦賀といえば気比の松原が有名なのでそちらを目指して歩いてみます。

右の車が邪魔。そこは駐車するスペースではないはずですが?

 

 

白砂青松の海岸といえばここのほかに、静岡県の三保の松原、佐賀県の虹の松原あたりが有名でしょうか。

 

 


釣り人の姿もあります。。

 

 

松原を後にします。この松原は公園ということになっています。ここから東の方角に歩いてみます。

 

 

敦賀港付近まで来ました。倉庫が並んでいます。

 

 

旧敦賀港駅舎。この付近まで、現在でも貨物列車は来るようですが、この駅舎の構えからすると、かつては旅客扱いもしていたのでしょうか。現在は鉄道記念館となっていますが、朝の早い時間だったため開いていませんでした。

 

そこから少し離れたところに、人道の港敦賀ムゼウムという資料館があります。

第二次世界大戦中、杉原千畝がビザを大量発給したことによりナチスからの迫害を逃れたユダヤ人難民が、行き着いた先がこの敦賀だったらしいです。それにちなんだ資料館のようですが、やはり開館時間前。

 

敦賀ならフェリー一本で来られるので、また機会を作って来ようと思います。

 

なぜか静態保存されているキハ58。「ディーゼル客車」と説明されていました。普通は「ディーゼルカー」と呼ぶと思うのですが、鉄道に詳しくない人でもわかるように、そのような書き方になったのでしょうか。

 

 

港町には付き物の赤レンガ倉庫。そのベンチの後ろに白衣を着た恐竜が立っています。

 

港からしばらく歩いて気比神宮に到着。私は神などというものを信じてはいないので、願うようなことは何もありませんが、名のある神社なのでとりあえず挨拶は済ませておきます。

 

 

国道8号線を歩くと、市の中心部の商店街があります。やはり朝なのでどの店も閉まっています。

 

 

どうもこの敦賀という町は、漫画家の松本零士ゆかりの地のようで、その作品にちなんだオブジェが商店街のあちこちにあります。

 

歩いて敦賀駅に戻り、まだ朝食をとっていなかったので、駅の立ち食い蕎麦屋で名物のおろしそばを食べました。それから普通列車に乗り込み北上。

 

つづく。