スポーツマンシップ論争 | オーストラリア移住日記

オーストラリア移住日記

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野球の盛んな日本で、クリケットは興味をそそらないスポーツに違いない。

イギリスの植民地政策の一環として、インドや南ア、オーストラリアやニュージーランドにクリケットやラグビー、サッカー、テニスの普及がなされたことは素晴らしいが、イギリス人のプライドの押し付けや上から目線の姿勢がその価値を下げているようにも思えてならない。

 

クリケットは紳士のスポーツの代表格とも言われるが、今、オーストラリアとイングランドとの間で "スポーツマンシップ論争" の嵐が吹き荒れている。

テストマッチ(国と国の誇りをかけたナショナルチーム同士の国際試合)で起こった一つのプレーを巡って、双方のプレーヤーはもちろん、イギリスやオーストラリアを代表するスポーツジャーナリストが論争を繰り広げ、双方の国民まで巻き込んで大変なことになっている。

「Ashes」

オーストラリア VS イングランドのクリケットのテストマッチをそう呼ぶ。

直訳すると "灰" であるが、1882年に始まった両国のテストマッチ、クリケットの祖国イングランドがその試合に敗れ、ある新聞が「イングランドは死んで灰になり、オーストラリアがその灰を持ち去った」と報道、後のイングランドキャプテンが「その灰を必ず取り戻す!」と言ったことがその名の由来のようだ。

その時から、クリケットというスポーツにおける両国間の確執というか、「Ashes」にだけは絶対に負けたくないという伝統が生まれ、そのまま受け継がれているようだ。

 

歴史は140年を超え、オーストラリアが152勝110敗96分でイングランドを圧倒している。

ただ、クリケットのテストマッチシリーズは5試合が行われ、それに勝越した方がトロフィーを国に持ち帰るが、シリーズの勝率はオーストラリアの34勝32敗6分で拮抗しているのだ。

ラグビーなら「NZオールブラックス VS AUSワラビーズ」"ブレディスローカップ" のような存在だが、オーストラリアの国民的スポーツと考えれば、クリケットの方が国民の関心は高い。

 

勝敗への拘りは別にしても、「Ashes」は双方の国民から愛されている。
第二次世界大戦中でさえ、兵士達の心の支えになっていたほどだ。

太平洋戦争前のシンガポールには連合軍が駐留していたが、イギリス軍とオーストラリア軍はクリケットチームを組織し、テストマッチさながらの試合を繰り返していたようだ。

1942年2月15日、日本軍によってシンガポールが陥落、日本軍の捕虜となった両国の兵士達はチャンギ捕虜収容所でもクリケットの試合を続けていたという。

日本軍はビルマ戦線の強化を目指しタイとビルマ(ミヤンマー)を結ぶ「泰緬鉄道」建設を急いだが、捕虜に過酷な労働を強要、その激務や栄養失調、マラリアから多くの死者を出した。

「死の鉄道」と呼ばれ、捕虜達への虐待だけが歴史の1ページとして定着しているが、日本軍がシンガポールを占領し優勢だった頃は、捕虜達に余暇を与える余裕もあったのだ。

その史実は「チャンギのスポーツマン」に詳しく記載されている。

 

さて、スポーツマンシップ論争であるが・・・

今年の「Ashes」はイングランドで開催されている。

イングランド国民の熱の入れようは言うまでも無く凄い!

もちろん、オーストラリア国民も負けてはおらず、スタジアムの一角にはオージーカラーを身に着けた "追っ駆け" の団体が一目で分かるし、私でさえ朝の3時過ぎまでTV観戦をしている始末で、息子に電話を掛ければ「眠くて仕方が無いよ!」てな感じなのだ。

 

テストマッチは最長で5日間続く。

先週の水曜に始まったDay1からDay4までオーストラリアは順調にゲームを進め、勝利を確信できる形勢から、イングランド側には諦めムードが漂っていた。

ところが、イングランドの "ベン・ストークス" がキャプテンの意地を見せ、奇跡の逆転をお膳立てし、スタジアムは熱狂、オーストラリア側にも "あわや" という空気が流れ始めた。

そんな状況下で "事件" が起きた。

 

スポーツはルールを重んじ、レフリーは絶対であるという意識が私にはある。

大方の日本のスポーツ関係者やスポーツ愛好者もそう考えているのではないだろうか。

レフリーの "えこひいき" やミスジャッジなら、それぞれに言い分はあるだろう。

今回起きた事件は、そういう類のものでは無いのだ。

野球を例にして分かり易く説明すれば、打者がベースまで走り判定はセーフ、「タイム」を告げずにベースを離れタッチされればアウトという類のものだ。

野球でよく見掛ける隠し玉のようなものではない。

クリケットのルールでは、インプレー中、バッツマンはクリースと言われるラインのウィケット(3本の柱)側に留まらなければならないが、クリースから出ている時に守備側がウィケットにボールをヒットすれば、バッツマンはアウトになる。

単なる勘違いか不注意、ややもするとルールを知らなかったか?無視したか? イングランドのプレーヤーがクリースを出て動き出し、それをオーストラリアのウィケットキーパーが見落とさず、即座にボールをウィケットにヒットさせた。

ルールでは完全にアウトである。

3rdアンパイア(ビデオレフリー)の判定で、そのプレーヤーはアウトとなった。

そのアウトが奇跡の逆転を遠退かせたのは間違いなく、スタジアムの熱狂に水を差す事件だったのは理解出来るが、スポーツにそのようなシーンは幾らでもある。

 

その後のイングランドプレーヤーの汚い抗議やインタビューへの回答、ジャーナリストのインタビューにおける揚げ足取りのような言葉は聞くに堪えないものばかりで、今も続いている。

アウトにしたウィケットキーパーには「あのプレーはスポーツマンシップに反した恥ずべき行為で、お前は一生忘れられなくなるはずだ!」

オーストラリアのキャプテンに対しては「アンパイアへのアピールを取り下げなかったお前は、スポーツマンシップに反し、キャプテンとして失格だ!」

「あの場でイングランドにアドバンテージを与えるのがキャプテンとしての正しい判断だ!」

・・・

判断したのはアンパイアなのに、抗議の方向がオーストラリアのプレーヤーに向けられ、そのどれもが言いがかりのような上から目線の悪たれ口でしかなかった。

もし、イングランドとオーストラリアの立場が逆だったら、イングランドのプレーヤーのナイスプレーと評価されプレーが続行されていたのは間違いない。

私はクリケットの判定の基準を知らないが、レフリーの判定がないがしろにされるなら、それはもうスポーツでは無いと思えてならない。

 

このテストマッチはロンドンの由緒あるLoad's Headingleyというクリケット場で開催されたが、メリルボーン・クリケット・クラブ(MCC)のホームであり、余程の地位や品行、財力や確かなコネが無い限りメンバーにはなれないと言われる名門中の名門クラブのようだ。

このクリケット場でプレーするプレーヤー達は、クラブメンバーの集うLong roomというホールを通り抜けて2階のチームルームとグラウンドを行き来するので有名である。

品行を重んじるはずのクラブメンバーが、あのアウトへの腹いせから、オーストラリアのプレーヤーの一部に汚い言葉を投げ掛け、身体接触もあったと言われている。

その様子が動画で世界中に配信された。

MCCクラブは3名のメンバーの資格を剝奪したそうだ。

Ashes: MCC suspends 3 members after Lord's Long Room incident with Australian players

2ヶ月後の9月10日、ラグビーW杯フランス大会で我らがJapanはイングランドと対戦する。

ドーバー海峡を越えて駆け付けたイングランドのサポーターで会場は凄いことになるだろう。

2007年のフランス大会、準決勝や決勝戦をサンドニのスタジアムで観戦したが、イングランドのサポーターは我が物顔で明らかにマナーに欠けていた。

日本の勝利を信じてやまないが、サポーターの皆さんにはくれぐれも気を付けてもらいたい。

 

木曜日から3rdテストマッチが開始された。

2ndテストの余波は確実に残っているようだ。

観客は全員でイングランドの応援歌を歌い、一つ一つの細かいプレーにまで絶叫のような歓声を挙げ、イングランドのプレーヤーは両手を広げ、それを上下して観客を煽っている。

そう、2003年のラグビーW杯のシドニーオリンピックスタジアムでの準決勝や決勝戦、イングランのサポーターたちが、イングランドラグビーの応援歌「Swing Low, Sweet Chariot」を試合中に歌いっ放しだったのを思い出す。

それはそれで愛国心やチーム愛を感じ、素晴らしいシーンではあった。

ただ、あの試合、ジョニー・ウィルキンソンのドロップゴールでイングランドが優勝し、初めて「ウェブ・エリス・カップ」を祖国に持ち帰れるという結果に終わったため、大きなマナー違反の記憶は無いが、あの試合に敗れていたら、どうなっていたことか???

この局面で、クリケット・オーストラリアのプレーヤーたちは淡々としている。

イケメンのキャプテン "パット・カミンズ" は、インタビューに応えて言った。

「このような出来事があると我々は一つにまとまり、それが大きな力に変わるのさ」

3rdテストに勝利すれば、このテストシリーズでオーストラリアの勝利が決定する。

さあ、今日もベッドに入るのは明朝の3時過ぎである。