日本から、この7月~8月に4人の留学生がオーストラリアに到着した。
4人の留学先はクイーンズランド州ゴールドコースト。
私のサポートの基本方針は、留学生に対し手取り足取り世話をしないことだ。
留学の醍醐味が半減してしまうと考えるからなのだ。
生活を開始する際の準備さえしっかりしておけば、彼らは自ら動き出そうとするし、自ら異文化に向き合い、それを自らつかみ取ろうとする。
幸い私は約1000キロ南のシドニーに住んでいるため、日々の世話は出来ない。
ただ、留学生の生活圏に、信頼出来るガーディアン(身元保証人/日本語の出来ないオーストラリア人)を置き、オーストラリア人の視点や感覚で彼らを見守る体制を整えている。
意欲に満ちた留学生は自分で動き出すが、全てが安全という保障はどこにもなく、何らかの問題が発生すれば、ガーディアンが親身にサポートできるシステムなのだ。
実際、ガーディアンは大切な存在で、留学生も私も安心が確保することができる。
長年私がオーストラリアのラグビーに関わって来たことから、ラグビー留学生を多く受け入れているが、そんな留学生にはやはりラグビーに精通したガーディアンが望ましい。
その意味からすれば、親友のグラント・アンダーソン(QLDプレミアリーグ・ボンド大学ラグビークラブ1軍ヘッドコーチ)は最高のガーディアンなのだ。
彼はオーストラリア・スクールボーイズ(ジュニア・ワラビーズ)を経験し、QLD代表やワラビーズには届かなかったが、イングランドのニューキャッスル・ファルコンズでワラビーズのオーウェン・フィネガンやマシュー・バーク、イングランド代表のジョニー・ウイルキンソンたちとプレー経験を持ち、05年のファルコンズ日本遠征にも参加した。
留学生の様子は、"グラント" とのやり取りでほぼ完璧に網羅できる。
グラントと私の関係は長く、信頼できるパートナーとして日本からの遠征チームのコーチング全般を任せ、東海大学や桐蔭学園、東海大仰星など、それぞれのカテゴリーで日本ラグビー界の牽引役を担うチームを長年指導し、それぞれのチームからの信頼も得ているのだ。
そして、私が長年日本で開催を続けている豪州アドバンストセミナーの専属講師でもある。
名前のアンダーソンに因んで、日本では「アンドーさん」という愛称で呼ばれている。
一般的に、日本人は自己主張の苦手な国民である。
片やオーストラリア人はその真逆の国民性なのだ。
基本は気楽でラブリー、陰口や悪口の類はほとんど無い代わりに、幼い頃から主張するのが当たり前に育つため、自分の主張をしない者への気遣いのようなものは期待しない方が良い。
例えば、ホームステイのホストファミリーに何も主張しなければ、オーストラリアなら、何の問題も無く、全て満足して生活していると思われてしまう。
更に" YES or NO" のハッキリした国民性がそれに輪を掛け、NOと言えない日本人は、黙ったまま「思いやりがない!」とか「冷たい!」などと思い込み、ストレスを溜め込んでしまうことはよくあるパターンなのだ。
先日、"アンドーさん" から留学生A君に関する連絡があった。
「夜、毎日のようにどこかに出掛け、家に戻るのも遅いとホストファミリーから聞いている」
それは告げ口ではなく、純粋にA君を心配する連絡なのだ。
A君(24歳)は英語を学びながらラグビーをプレーする目的でオーストラリアにやって来た。
到着したての頃、「死ぬ気で頑張ります!」という彼に、「もっと肩の力を抜いて、ラグビーやオーストラリアの生活をエンジョイする気持ちでいいよ」と声を掛けた。
日本の体育会系だった私には、自身を鼓舞しようとする彼の気持ちはよく理解できる。
それでも、30年オーストラリアで暮らし、2人の息子を育てた私は、彼に日本を背負ったままオーストラリアでラグビーをプレーして欲しくなかった。
アンドーさんから連絡をもらい、彼はスポーツパブにでも出掛けているのだろうと考えた。
24歳の彼にとって、それはそれで意義あることと私は考える。
ビール1杯でパブが無料の英会話教室に変わる。
それは30年前に私が実際に経験したことなのだ。
33歳で移住し、家族を守るために働き、語学学校に通う時間も経済的な余裕もなかった。
仕事が終わった帰宅前のスポーツパブが私には恰好のリラックスの場であり英会話教室だった。
スポーツパブに顔を出せば、必ず同じ顔に出会う。
毎日同じ席に座り、それが日課のように夕方のひと時をそこで楽しむ老人がいる。
そのほとんどがスポーツや音楽好きなのだ。
そう、スポーツパブでビールをチビチビ飲みながら大画面でスポーツ観戦を楽しみ、週末になればバンドの生演奏を楽しんでいるような彼らは、同じ匂いのする仲間を大切にし、決まって陽気でフレンドリー、中には博学なオッサンも多いのだ。
勇気を出して声を掛けてみると、次に会う時は「ヘイユー・ゴーイング・マイト」(How are you going mate? / 調子はどうだい?) てな具合になる。
そうなればしめたものだ。
正直、彼のことは何の心配もしなかった。
ただ、過去にサポートした留学生を思い返せば、スポーツ留学の成功か否かの鍵は、規則正しい生活を心掛けるか否かが重要な要素となる。
留学が始まる時点で、私は自分の経験から彼にスポーツパブを勧めた。
それでも、若い留学生は日本人同士で集まる傾向があり、往々にして誰の目も無い中で遅くまで杯を重ねては、傷の嘗め合いをし、規則正しい生活に支障を来すことがあった。
近年のラグビー留学生の多さを考えれば、多少の心配が私の心の片隅にあるにはあった。
その意味から、私はアンドーさんから聞いたままをA君に投げ掛けた。
私の予想は外れ、彼はアルコールを一滴も飲んでいないと言う。
彼が言うには、ホームステイの食事に関して問題があり、外食に頼ることが多かったようだ。
そのような問題はホームステイでよく起こる。
ただ、食文化の違いや限られた予算から、完璧な食事を出してもらうことは不可能に近い課題であり、それでも、問題があるなら、彼を妥協させるのではなく解決してあげたい。
私は、苦情としてではなく、その内容や状況を知るためにアンドーさんからホストファミリーに問合せてもらったが、直ぐに写真が添付された返信が届いた。
A君の父親はジムの経営者で、彼自身も将来はフィットネスに関わる仕事を目指している。
そのために、彼には、英語を習得し、ラグビーは学生時代にやり切れなかった思いを達成せんがためにQLDプレミアリーグ所属の強豪ボンド大学でプレーし、その間に最先端のトレーニングやストレングス&コンディショニングを学び、将来の基盤にしたいという明確な目的があった。
そんな彼にとって気掛りだったのは、ニュートリション(栄養学)であり、極力ファッティフードやファストフードを避けたいという思いがあったようだ。
A君は脂肪を燃やすために夕食後に歩き、時にはたんぱく質の補給に出掛けていたようだ。
このような問題に接すると、やはり自己主張が出来たらよかったのになぁと考える。
一般のオーストラリア人は、我儘な言い分には耳を貸さないが、筋の通った自己主張には、ほとんどの場合悪意を持つことはなく、スンナリ理解する国民性を持つ。
このホストファミリー、実はオージーではなくトンガ出身のファミリーで、確かにどちらかと言えば肉やタロイモなど太る傾向の食事が多かったのかもしれない。
ただ、朝晩の食事の提供が契約なのに、ランチボックスを持たせ、語学学校や夜のラグビーのトレーニングには車で送迎までしてくれていた。
ラグビーをこよなく愛するアイランダーらしい "おもてなしファミリー" なのだ。
幸いA君の夜の外出問題は一件落着となったが、ホストファミリーの心の籠った思いやりを理解し、その後、何とか自分で対応しようと試みたA君を私は評価したい。
留学の後半になって、A君は自立の道を選択し、シェアハウスで自炊生活を開始した。
ある意味でそれは彼の自己主張であり、相談された私は「Why not!」という対応をした。
アンドーさんはガーディアンとしてオーストラリア人シェアメイトにも直接会い、A君をフォローした上で、私にもその状況報告が届いた。
オーストラリアでは15人制ラグビーシーズンが終了し、7Sラグビーシーズンが開始された。
大学時代に7S大会の代表メンバーだったA君の活躍の場であり、思う存分プレーし、この留学の成功の証として何かをつかんで欲しいものだ!