「結婚式があるんで、週末はシドニーに居ないよ」
ハイスクール時代の友人の結婚式に出席する、と長男隼人から妻に電話があったらしい。
フィリピンの小さな島で行われる結婚式に出席するのだと言う。
「飲み過ぎないようにね」
妻はそんなメッセージを送っているが、幾つになっても母親と息子なのだ。
今週初めに戻ったはずだが、何の連絡も無いのは、オーストラリアの若者らしい。
隼人には、きっと海外に出掛けていたという感覚が無いのだろう。
凄まじい日程だった3月から一転して4月は落ち着きを取り戻した。
「ちょっとどこかに出掛けようか?」
妻は、早速ネットで航空会社のサイトを検索して格安航空券を探し始めている。
「今、ニュージーランドならTAXサーチャージ込みで往復300ドルよ!」
オーストラリア国内はどこを訪ねても同じ食事や風景だもの、鼻から眼中に無いのだ。
サマータイムが終了し、3月からずっと天候の悪かったシドニーは一気に寒くなり、まだ4月だというのに、このまま冬に突入かと思うほどなのだ。
こうなってくると恋しくなるのは温泉だが、火山の無いオーストラリアに温泉は無い。
予算的に訪日は無理、となればこの寒さなら、妻は温泉のあるNZに興味を抱いているようだ。
NZには至るところに温泉があり、中でもロトルアは有名だが、南島のクライストチャーチ近くにも良い温泉がたくさんあるようだ。
季節的にもこの時期は最高だろう。
オーストラリアよりも寒いNZ、木々は紅葉し、いかにも晩秋という景色に包まれて3月までの疲れを癒すにはもってこいかもしれない、それも往復$300なら申し分ない。
分かっちゃいるが、「花よりだんご」の私達には、何を置いても大切なのは "食" なのだ。
日本なら土地土地の「山海の幸」が食卓に並び、季節季節の食の変化も愉しめる。
どれだけの美しい自然に包まれても、水着着用で入る温泉でほっこり出来ても、フィッシュ&チップスやステーキなら、結局シドニーにいるのと同じなんだよなぁ。
そんな話をしている内に、結局、NZの旅はボツ!
私は我が家の風呂に、日本で買って来た温泉パウダー「きき湯」を入れて我慢することにした。
友人のクレイグから、イースター明けに家族で10日間バリに出掛けると連絡があった。
彼は、シドニーのノーザンビーチ・エリア (アバロンビーチから徒歩圏内、パームビーチから車で5~6分) に住んでいる。
その地域全体が、言ってみれば海のリゾートのような場所だ。
幼い頃からサーフィンを愛し、50歳になった今も、仕事の合間を縫ってはビーチに向かう。
クレイグはシドニーから100km北上したセントラルコーストのビーチサイドにホリデーハウス(別荘)も所有している。
建屋はウォーターフロントに在り、周囲はユーカリの原生林に囲まれている。
家族思いのクレイグは、毎週のように家族を連れてホリデーハウスに出掛けている。
「それなのに、どうしてバケーションがバリなの?」
私はバリを知らないが、イースターのロングホリデー後に、10日間も出掛けるという。
オーストラリアでは、ロングホリデーの前後に子供達の学校を休ませても家族で出掛けるのは極一般的で、特にバリやタイ、ベトナムのリゾートに出掛けるのが人気のようだ。
「エキゾチックと言うか、非日常を味わえることが魅力なのさ」 とクレイグは言う。
日本人の私達にとって非日常とは? と考えてみるが、何も浮かんでこない。
何でも揃い、どんな情報でも簡単に手に入るようになってしまった昨今、私が非日常を感じられる瞬間がとても限られてしまったような気がしてならない。
物質的な豊かさや何でもできる安易さが、「こんなことがしたい!」という心の豊かさを求める姿勢をどんどん奪っているのかもしれない。
このままだと、ちょっと俺はヤバい!
ある意味、非日常を求めた結果が、今のオーストラリアでの生活なのかもしれない。
その後も留まることなく挑戦の日々は続いているが、年月と共にそれが日常になってしまう。
そして、また新たに非日常を探し求めるのだが・・・
日本食材を扱う「東京マート」から戻った妻が嬉しそうだった。
「今日はいいもの買っちゃった!」 。
何かと思えば、形の不揃いな里芋とゴボウだった。
日本なら、収穫せずにそのまま畑に放っておかれるような見てくれだが、シドニーでは高額で、普通の八百屋では手に入らない。
「日本なら、もっと綺麗で安いのになぁ」
妻はボヤキながら、私が得意とする ”けんちん汁” を作って欲しいとリクエストした。
里芋やゴボウ、時々手に入る山芋は、我家の食卓の非日常なのだ。
イースターは "グッドフライデー" から始まるが、その日、日本から複数の客が訪れた。
長男や次男も駆け付け、久しぶりに再会した友人達と心温まる良い一日を過ごした。
長男もすでにシドニーに戻り、普通に仕事の日々が始まっているようだ。
フィリピンの小島は、長男にトロピカルな非日常を感じさせたようだ。
マニラ空港から乗ったタクシーの不愉快な対応には辟易したが、それとは裏腹に島民の親切でフレンドリーな触れ合いがとても良かったと言う。
オーストラリアで育った息子達・・・
やはりクレイグ・ファミリーのようなライフスタイルを送るのだろう。
さあ、イースターホリデーだ。
妻と私の非日常はどうしよう?
”里芋” と ”ごぼう” のけんちん汁でも食べながら考えることにしよう。