「やっぱり防具をかついで行くことにしたよ!」
陶器の仕事を兼ねてドイツを訪問するという彼は、窯元「東峰窯」の代表だ。
塚本六美。
彼は大学時代に伝統ある早稲田大学剣道部の主将だった。
卒業は同じ昭和55年4月だったが、私は大学時代の彼を知らない。
恥ずかしながら私は留年して卒業したため、同期ではなく入学は私が1年早かった。
互いの学生時代の住居、"剣道部寮" と "ラグビー部寮" は近かったようだが、どこかで出逢った記憶は無く、後になって同じ風呂屋に通っていたのを知って笑った。
彼との出逢いは学生時代ではなく、卒業後26年も経ってからだった。
彼は愛知県瀬戸市の瀬戸少年ラグビースクールの指導員をしている。
彼の息子2人はそのスクールでラグビーをプレーしているそうだが、私もまた息子2人のプレー開始を切っ掛けにジュニアクラブのコーチングに加わったため、日本とオーストラリアの違いはあれ、彼の気持ちはよく分かる。
その瀬戸ラグビースクールが2006年にオーストラリア遠征を実施したが、私はその遠征のプランニングやコーディネート全般を任され、彼に出会う機会に恵まれた。
彼の長男が遠征に参加し、彼も指導員として帯同したのだ。
向学心旺盛な彼は、仕事も剣道も、ラグビーさえも真剣に向き合う姿勢の持ち主で、08年に名古屋で開催した「豪州コーチングコース」に受講者として参加、私は彼と再会を果たした。
試験やレポート提出を経て、彼は正式なオーストラリアのコーチ資格を取得した。
ただ、私が思うに、やはり彼には剣道の師範の方が似合うのだ。
きっと彼は怒るかもしれないが、彼はラグビーの顔ではなく剣道の顔を持つ男に見えるのだ。
彼は、剣道の構えの中で「上段」に強いこだわりを持つ。
当然、学生時代から上段を取ってきたようだが、彼のこだわりは自分自身の構えの域を超えて、「理論に裏付けられた上段」という極めて専門的な高い領域まで追求しようとしている。
「最近、日本で本物の上段を見ることが少なくなったよ!」と彼は嘆く。
ラグビーでも良い選手の動きはその形が "様になっている" と言うか、例えば一瞬(瞬間)の写真を見ても、実にバランスが良く、その恰好が決まっているのだ。
彼の言う "本物の上段" まで私には理解できないが、なぜか彼の熱意には心が動かされた。
「オーストラリアでも剣道は盛んだし、オーストラリアで本物の上段を教えてみては?」
私は、ふと彼にそんな無責任な提案を投げ掛けてみた。
無責任と言っても、もちろん彼が本気でやろうとするなら、私もとことんサポートするつもりだったし、私も中学時代は剣道部に所属し、個人戦で地区優勝の経歴も持っていた。
画して、彼は防具を担いで本当にオーストラリアにやって来た。
私はそのイベント開催に先立って「OZに上段を伝えよう!! プロジェクト」と名付けた。
NPO法人「日豪スポーツプロジェクト」の事業として、成果や今後の継続への期待もあった。
オーストラリアに住む私は、何度も「行く行く詐欺」や「やるやる詐欺」を経験している。
そう、何度も行くと言って来ない奴、やると言ってやらない奴、そんな連中が実に多いのだ!
数年で還暦を迎える我々にとって、今やらなければいつやるんだ !? という気持ちは強く、私のそんな気持ちや性格を知る彼は、決していい加減な意志を示す男ではなかった。
彼はfacebookでメルボルンに住む熱心な剣道家(日本企業の駐在員)とやり取りをしており、まずはその剣道家が信頼を確立しているメルボルンの道場を訪ねることになった。
メルボルン謙志館道場(日本以上に本格的な道場)と、メルボルン大学で指導を実施することになったが、受講した剣士の真面目な態度や真剣かつ熱心な姿勢は驚くばかりだった。
剣道経験のある私だったが、彼の剣道はもちろん、上段を初めて目の当たりにした。
なるほど、彼の構えには気迫が溢れ、オーラが出ているのさえ感じられた。
それでいて何とも美しい。
真剣勝負形式の互角稽古では、圧倒的な強さや技の正確さを見せつけ、そしてその迫力や美しさに道場に居る誰もが目を奪われた。
剣道の指導には、対戦する相手に "凄い!" と思わせることが絶対的な要素なのだ。
彼は熱心に「上段の理論」を説き、それを剣士達が真剣に聴き、剣士達が指導された通り実践するのを見ながら、彼がいかに良い指導者であるかが理解できた。
「オーストラリアの剣士が相手だから、あのラグビーのコーチングコースで学んだ理論や指導の手法が随分参考になるよ!」
彼の言葉は私を喜ばせたが、確かに ”なるほど” と思える場面が幾つもあった。
スポーツの後にパブでビールを飲みながら語り合うのはOZラグビー流だが、剣道の話題を延々と続けるオージー剣士達は、さながら塚本マジックに嵌った弟子達のようだった。
塚本は業務用和食器を中心とした陶磁器を製造する会社(窯元)の代表者である。
彼の趣味を中心に描いた「四季折々を遊ぶ」というブログが私は好きだ。
四季折々の端正な写真と共に、抒情詩のように描かれた文章からは彼の感性が感じられる。
今の時期は、まさに美しい渓流と彼の趣味である渓流釣りが話題の中心なのだ。
メルボルンで彼は、"自分の剣道の極意は渓流で魚を追う緊張感や双方に相通じる動きにあり" と言い切ったが、皆が目を丸くして彼の説明に聴き入った。
メルボルンを後にすると、シドニーでも指導の機会が待っていた。
2011年の世界剣道選手権でオーストラリアのカービー・スミスがベスト8になった。
それを知る彼はシドニーに住むカービー・スミスに会い、指導するのを楽しみにしていた。
なぜなら、カービーはオーストラリアには珍しく "上段" を得意とする剣士だったからだ。
カービーは、世界選手権ベスト8という片鱗すら見せず、そのフレンドリーさや紳士的な態度は正にラグビーのオーストラリア代表 "ワラビーズ" メンバーに通じるものがあった。
やはり彼は高いレベルのOZアスリートなのだ。
そして、彼は何と言っても "イケメン" だった。
NZオールブラックス・キャプテン "リッチー・マコウ" 似の彼には、何か風格のようなものを感じたが、更に好感が持てたのは、謙虚な態度や真剣に学ぼうとする姿勢だった。
「オーストラリアには上段を教えてくれる指導者はほとんどいませんが、このような素晴らしい稽古がいつも受けられたら、どれだけラッキーなことでしょう」
先日、日本の塚本から届いた連絡・・・
「ジャーマン(ドイツ人)に上段を伝えよう!! プロジェクト」がとても興味深い。
ドイツで彼は、防具を自分で作ってしまう器用なジャーマン剣士に出逢ったそうだ。
プロジェクトの様子は、次回の再会の時にジックリ聞かせてもらいたいものだ。
いつかまた、オーストラリアでの「剣道プロジェクト」の開催を目指したいと目論んでいる。
還暦を過ぎ、動けなくなるかもしれないが、彼はまだまだ稽古を積むことを諦めないだろう。