Better man(より良き人間) | オーストラリア移住日記

オーストラリア移住日記

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2週連続で、多文化放送TV局SBSが「Better man」というドラマを放映した。

映画解説者 "淀川長治" なら、きっとあの独特の口調で「皆さん、この映画、本当に本当に怖かったですね」とコメントしたに違いない。

確かにリアルで怖いストーリーだった。

ベトナム系オーストラリア人を主人公に描いたドラマのため、日本で放映されるとは思えない。 

シリアスな題材を克明に掘り下げたこの作品、日本の若者や親にも観てもらいたいものだ。

若者が犯した一度の過ちが、多くの人の人生を変えてしまうというストーリーなのだ。

ストーリーは02年~05年に起きた実話を題材にしている。

オーストラリアにおける日本語新聞の草分け的存在「日豪プレス」に、この事件の成り行きが詳しく連載され、心なしか私にはその記事を読んだ記憶が残っている。

また、TVのニュースなどからもこの事件が報道されていたことを私は記憶している。

 

このドラマは、記事やニュースからは知り得なかったこの事件の裏に隠された様々な人の動きや心の葛藤を詳しく描いており、それは以前私が感じた印象とは随分ギャップがあった。

何せ、放送は日本語字幕無しの英語とベトナム語(英語字幕)のため、完璧には理解できなかったが、それでも緊迫した現場の状況、そして絶望感や深い悲しみは十分に伝わってきた。
 

さて、そのドラマの内容だが・・・

オーストラリアには世界中から多くの移民や難民が押し寄せる。

その中にはボートピープルと呼ばれる貧困や戦火の祖国を逃げ出して来た難民も居る。

歴史的にオーストラリアは多くの難民を受け入れてきたが、近年は、祖国に送還される難民も多く、それが人権問題となり政争の具にもなっている。

難民の多くは厳しい生活を余儀なくされるが、それでも逃げ出した祖国での貧困や明日をも知れない危険と隣合わせの生活に比べればオーストラリアは天国なのだ。

 

実際、私は紛争から逃れるため祖国を抜け出して来た家族と話したことがある。

そのような貧困層の陰には、必ずと言っていいほど様々なブラック(裏)社会が存在する。

主人公のヴァン・グエンと双子の弟、そして両親の4人は、メルボルンで貧しく慎ましい中にも愛情の溢れる生活を送っていた。

貧困から抜け出せない中で、父親は消え、弟は成長と共に裏社会へと足を踏み入れて行く。

そして、気付いた時に弟は抜け出せず、大きな借金を背負ってしまう。


兄のヴァンは、弟の借金支払いのために、裏社会の顔役から危険な仕事を依頼される。

ヴァンは、弟の借金返済と心痛める母親のために、自らその依頼を受ける決断をする。

その決断とは、"カンボジアからメルボルンへのヘロインの運び屋" だった。

私は100回以上、空港の税関や検疫を通過しているが、そのシステムは国によって異なる。

日本は極めて事務的、ユーロ圏の空港は実にいい加減でパスポートにスタンプも押さない。

オーストラリアは一見フレンドリーで、ワラビーズのジャージなどを着ていたりすると 「Oh nice」 などと声を掛けられが、不正申告や申告漏れなどには極めて厳しい国である。

 

カンボジアの空港を無事出発できたヴァンは、まず経由地シンガポールに向かう。

ヴァンは極度の緊張感と疲れで、シンガポール・チャンギ空港のロビーで眠入ってしまう。

気が付くとメルボルン行きのフライトの出発時間ギリギリだった。

慌てて搭乗口に向かったヴァンに平静を装う余裕は無く、ボディー・チェックの際に不自然な背中の膨らみから異物が発見されてしまう。

ヴァンは空港係官に両腕を抱えられて取調室に連行され、執拗な取り調べを受ける。

 

シンガポールではヘロイン15g以上を保持していた場合、判決は有無を言わず死刑。

弟の借金をネタに裏社会のエージェントから依頼されたヘロインの量は500gを超えていた。

所持者自身が自分の潔白を証明できない限り有罪となる。

一度シンガポール政府が極刑判決を出した場合、外国政府やいかなる機関や人物からの嘆願があっても、認めないのがシンガポール政府の方針なのだ。

ドラマには、人権派法曹達の必死の努力や、母親の絶望と悲しみ、それでも息子を助けようとして必死の形相を見せる母親の姿と母心、兄を窮地に追い込み、母親を悲しみのどん底に追い込んだ責任から益々心や態度を荒廃させていく弟などがシリアスに描かれている。

 

更に、ヴァンの心の内側や目の前の現実から一瞬たりとも逃げることのできない絶望感を鋭く抉(えぐ)り出し、それらに照準を合せながらリアルに描いていく。

シンガポール側の融通の利かない対応や刑務所の有り様は、実にリアルで怖いほどだ

 

私には、オーストラリアの人権団体が動き出し、時のハワード首相が実際にシンガポール政府に嘆願をしたニュース映像を観た記憶があった。

泣きながら息子の減刑を訴える東洋人と思われる母親の必死の形相もかすかに覚えている。

逮捕から3年後の05年12月2日、25歳のヴァンの死刑が執行された。

 

ストーリーや映像がリアルな分、実に後味の悪いドラマだった。

どのような状況でも「あの子はいい子なんだ」と息子を庇(かば)おうとする母親と、最後の最後まで母親に謝り続けるヴァンの姿を見ながら、なぜか、日本の母の姿が浮かんでしまう。 

 

嘆願の署名活動中の人権団体に、オーストラリアの女性記者が、「貴方方は、あのヘロインがオーストラリアに持ち込まれていたら、どれだけのオーストラリア人がヘロインの犠牲になったと思いますか !?」 と叫ぶように訴えていたのが印象的だった。

なるほど、正論であり、そのような観点からこの事件を顧みることも大切なのだろう。

このドラマのプロデューサーは、家族の愛の深さや若者達に強い警鐘のメッセージを与えることを目的に製作したドラマであるとコメントしている。