早口で話す男性の声が電話口から響いてきた。
論文指導ができるかという問い合わせだ。
「講師は大学を卒業してるよね」
「ええ、もちろんです」
「大学院は出ているのか」
「出ている者もおりますし、現在博士課程で論文を書いている者、修士課程で勉強している者もおりますが」
「何大学だ」
「は?」
「こっちが頼みたいのは東大卒か最低でも一橋大卒だよ。早稲田や慶応みたいな三流大学じゃ話にならない」
「え?それは一般的な日本人の認識とは違うと思いますが…」
「それは日本人がバカだからだよ。東大か一ツ橋じゃないと指導なんてできない」
「だったら東大の大学院生にアルバイトで頼むのがいいと思いますよ」
「それができればあんたんとこに電話してないよ」
「でも、東大の大学院を卒業している講師は残念ながらおりませんので」
「だったら探せよ。明日までだ。カネなら払うって言ってるだろ」
とても流暢な日本語で、まくしたててくる。
でも、どうしてこんな話し方を学んでしまったんだろう。
別に外国人はお上品な日本語しか学んじゃいけないというつもりはない。
だが、こんな話し方と考え方をしていては…。
日本で受け入れられなかったら、日本語で博士論文を書く意味はあるのだろうか。