「パッケージで伝えたいもの―つなげる心の創造的進化」

 「2015年」はなぜだか、一大転機となるであろう“2020年”(東京オリンピック開催など)に向けた実質的なスタートと思えてなりません。理屈もなくはないのですが、あくまで直感です。同じような直感を抱いている人がもし他にいれば嬉しいかぎりです。
「改革が可能だとすれば、それは内面から起こらなければならない。社会の全体は、いかなる過程においても、善きにつけ、悪しきにつけ、一人一人の心が決めるものだ」と米国・ハーバード大学の教授はいいます。本誌と同じくこの直感を抱く人が多ければ、それに越したことはありません。
だが、たとえ少数であっても、1人また2人と直感が心から心に連鎖していけば、現実はそのように動いてゆくはずです。フランスの哲学者・ベルクソンは「創造的進化」を提唱したことで有名ですが、それは生命の持つ不可思議な可能性であり、生物本来の進化に迫ろうとする概念です。
あらかじめ(事前に)設計・計画(デザイン)された“目的的”ではなく、「多様な方向に自由な分岐を繰り返す生命の進化」というものです。どちらかといえば、女性的な思考に通ずるものであり、コミュニケーションの仕方にも似ているのではないでしょうか。
 2015年とは、まさしく新たなスタートラインに立つときです。そこでは、“志し”さえあれば誰もが、どんな主人公になりうる舞台が開けています。パッケージング・フィールドでは、より実質的な女性の活躍の場やネットワークを幾重にも広げていくことで、女性的な発想や知恵をより主体的にモノづくりに生かしていきたいと思っています。
 第14回「ジェイサロン」では文字通り、2014年春に(コーセー時代からは42年)26年に及ぶコーセーコスメポートを卒業され、美装トータル研究所・代表取締役COOとして新たなスタートを切られている山田靜風(博子)さんに講師を担当いただきます。
まさしく“今”の心境とともに、2020年に向けた新たなパッケージの可能性とそこにかける熱い思いを語っていただきたいと思います。あわせて参加された皆さんとも思いとビジョンを共有し、活発な意見の交換ができれば幸いです。
これまでの「私は死にましぇ~ん」から、最近は「段々若くなってきているでしょ」に山田さんの口ぐせは分かってきました。“若さ”の所以は「熱」と「力」です。そこに「感性」が加わる山田さんから学ぶものは大きいと思います。一緒に縦横無尽な座談の対話ができれば、それはそのまま「つなげる心の創造的進化」です。
 
【開催概要】
[日時]2015年4月24日(金)13:30~17:00(開場13:10)
[場所]竹本容器本社 B1F(東京都台東区松が谷2-21-5)
[会費]15,000円(税込)
[内容]第1部〈講演〉13:30~14:30
    「パッケージで伝えたいもの―つなげる心の創造的進化」
    講師:山田靜風氏(美装トータル研究所 代表取締役COO)
    第2部〈座談会〉14:45~17:00(自己紹介、意見交換など)
[主催]ジェイパックワールド株式会社
[協力]竹本容器株式会社
[問合せ・申込み先]ジェイパックワールド・セミナー事務局
    TEL:03-3630-1759/Mail:info@jpackworld.com
 
【Jsalon(ジェイサロン)とは】
 業種や立場を超えて、"パッケージ"が結ぶ女性のための学びの場。2013年から"新生"を冠して、感性の豊かな男性陣を加え、さらにネットワークの裾野を拡大。基本は先達と経験や知恵を共有することで、女性の感性を生かしたモノづくりで、新らたな価値創造を目指す。自由な対話と学びの集い。
 年に3~4回の開催を予定し、担当講師の経験談と講師を交えた座談会の2部構成。講師の豊かな経験談に学ぶとともに、聴講者として終始せず、主体的に意見を述べ、対話や議論を交わすことで、切磋琢磨しながら成長を目指す。

■講師プロフィール
千葉県船橋市生まれ、1972年に桑沢デザイン研究所パッケージデザイン専攻科を卒業し、株式会社小林コーセー(現株式会社コーセー)入社。デザイン室配属され、「エスプリーク」や「BE」などデザインを担当。商品開発部を経て事業開発部配属され、「マリ・クレール」化粧品立ち上げにあたり、商品・店頭開発イメージコントロールを行う。
1987年にコスメポート株式会社(現コーセーコスメポート株式会社)立ち上げにかかわる。デザイン課長を経て商品開発デザイン室長、プロダクトプランニング、クリエイティブディレクタ歴任。
コーセーコスメポート創業から26年間、セルフオープンチャネル化粧品、トイレタリーを総合プロデュース。2014年3月末日にコーセーコスメポート退職。コーセー・コーセーコスメポートの42年間、商品企画、デザイン開発・設計、商品統括業務推進。
幕末の物語りである「花燃ゆ」の視聴率がよくないと聞く。

松陰は、私の目指す偉人の一人だが、
短い人生で目に見えて成し遂げたものは少ない。
私見でいえば、松陰の成し遂げたものは「心の革命」である。
その心の革命の連鎖が、維新回転の大きな原動力を生んだ。

いわば捨石のようにもみえるが、身をもって一石を投じたわけである。
晩年、松陰はぐずぐずとしてときを待つ玄瑞や晋作たちに対して、
「われは忠義を為すつもり、汝は功業を為すつもり」との
厳しい言葉を送りつけている。

私も、始まる前には「花燃ゆ」にあまり興味はわかなかったのだが、
ある大先輩に「おもしろいから観た方がいい」といわれ、
遅ればせんがら観始めたものだ。
だが、なかなかの試みではないかと思っている。
「言葉」を大事にし、登場人物の内面を描きたいのではと。
それだけに見た目の変化(ドラマの展開)として乏しいところが、
視聴率に結ばない理由かもしれない。
ただ心を描くには、もう少し詳細にまで踏み込んだ方がいい。

まだまだもの足りないが、「野山獄」を描いたのはいい。
私の好きな一つに、思想家ツヴァイクのこんな言葉がある。

「誰か、かつて流罪をたたえる歌をうたったものがいるだろうか? 
 嵐の中で人間を高め、厳しく強制された孤独のうちにあって、
 疲れた魂の力をさらに新たな秩序のなかで集中させる、
 すなわち運命を創りだす力であるこの流罪を、
 うたったものがいるだろうか?
 自然のリズムは、こういう強制的な切れ目を欲する。
 それというのも、
 奈落の底を知るものだけが生の全てを認識するのであるから、
 突き放されてみてはじめて、人はその全突進力が与えられるだ」
 (「ジョセフ・フーシェ」山下肇訳)

人生のうちに誰もが、大なり小なりこうした清算する節目が必要である。
清算というのは、けして過去を否定するものではない。
ある意味では、どんな過去であったとしても肯定する作業であろう。
私は、どんな(客観的に良くも悪くも)過去であれ、
過去を否定しては未来の希望はなく、
むしろ肯定こそが未来への前進の力が生まれるものと思う。

求めて「強制的な切れ目」を欲する人などはなく、
やはり天の采配の時ともいうべきか。
過去を肯定し、現実を受け入れることから未来は開かれる。
花はそれぞれ咲く(燃ゆ)ときを知る。
「時を知る」ことの大事さであろう。
 梅一輪/一輪ほどの/暖かさ

立春ですね。こんな句が浮かぶ季節です。
殺伐たる出来事に胸を痛める人は多いと思いますが、
それで生はつづいていくものであり、春は訪れるものだから不思議です。

人生の旅路で人それぞれ、良きにつけ悪しきにつけ
深く心に留めまるものがあります。
そんな心に留まった何かが、節目節目に思い出されます。
悲しいことも、辛いことも、楽しきことでもありましょう。
一つ一つは梅の花のように小さなことですが、
それが妙に暖かく感じられるときが来るのだと思います。

ここ5~6年、うる覚えの詩の断片が心に浮かんでいましたが、
つい先日に旧友からいただいた古い資料にその詩が掲載されていました。
しかも、「くりはらいっと」とひらがなの幼い字で、
ちゃんと作者を書き添えていてくれました。
早速、作者を検索してみましたが、行き当たりません。
とはいえ詩が知れがことが、何よりのことです。

 一秒一秒 時は流れる
 話しているあいだも 考えているあいだも
 歩いているあいだも 
 時は流れる
 朝は昼に 昼は夜に 春は夏に 秋は冬に
 時は流れる
 時は流れる
 遊んでも 勉強しても 働いても なまけても
 時計は進む 時は流れる
 自分の時間は 自分で生かせ 自分で生かせ

この詩は、小学6年生のときに担任の先生が教室の黒板の上に
一年間掲げていた詩で、確か毎日唱和したのだと思います。
5年生のときに掲げられたゲーテの詩は憶えていたのですが、
どうしもこの詩は部分的にしか、思い出せなかった。
ようやく再び巡り会えました。

「これは厳しい詩ですが、
 君たちもいずれ理解できる日が来ると思います」と、
 担任の先生のいわれた言葉が記憶に残っています