本日訪ねたところの方におもしろい話を聞きました。
最近できた近くのラーメン屋に
何やらおもしろいことが書かれていたという。
そのラーメン屋のおやじ訓ともいうべきなのか。

1)一秒を幸せに過ごすには…
2)一日を幸せに過ごすには…
3)一月を幸せに過ごすには…
4)一年を幸せに過ごすには…

はて「…」には何か入るのかは人によって違うかもしれない。
おやじ曰く1)ラーメンを食べなさい。2)車を買いなさい。
3)結婚しなさい。4)家を買いなさい。
どれくらい共感できるでしょうね。
「なるほどな」と思うのは、
何れの幸せも、そう長くはつづかないということだろう。

そして、最後の5)には何が来るでしょう。
もちろん一生を幸せに過ごすには…です。
ここが肝心なところ、何をすればいいと思うでしょうか。
おやじ曰く5)うそをつかないことだそうです。

何ともすばらしい教訓ではないでしょうか。
ちなみに小説家の住井すゑさんは「憲法は一つでいい」と、
その一つは「うそをつくな!」でした。

考えさせられますね。
それでは、さよなら、さよなら、さよなら。
「戦後70年」は、そのまま沖縄戦終結70年となる。
あの「3・11」の追悼特番で、ある寺に安置された遺骨を前に
キャスターの古舘さんが「どれほどの無念さか分かりませんね」というと、すかさずに同行していた長渕さんが、
「分からないじゃダメなんですよ。飛び込んでいかなきゃ」と。そんな旨のやりとりが強く記憶に残った。
 長渕さんの言葉は簡単でもあり、またむずかしくもある。
それ以来、戦後生まれの私も戦争を「分からない」と簡単にいい切るのは止めて、“飛び込む”ようにしている。
それは、たとえ心の所作であったとしても、
大事な大事な“行動”であるのように思う。
(理解を超えた)得体のしれぬ事を眼前にすると、
人は立ち止まってしまうものである。そこで勇気を出して、
一歩前に出てる。飛び込んでみる。心とは誠に不思議で、
紙一重のその境をちょっと超えるだけで、
心の見え方は百八十度違ってくるものである。

幼少期に父とともに沖縄戦をくぐり抜けた齢84歳の上原さんは、
終戦後に心のよりどころを見つけた経験を語る。

早くに父を亡くし、目指した夢に破れたが、
「戦争にぶつかったから、仕方がない」。そんな人生を、
苦しいというより、当たり前だと思っていた。だが、違った。
あるときに蓋をした心底の熱い願いが湧いてきた。
「おれは、幸せになりたかったんだ」
それは上原さんだけではなかった。
すると誰からともなく、自然に声が音楽を奏でた。
「てけてんてんてん…」。その口三味線の音楽に乗せて、
皆でカチャーシーを舞い始めた。
「何で今、カシャーシー踊っているの?」と、
近所の人は珍しがってのぞきにやって来た。
当時はまだ、沖縄全体がカチャーシーを踊るような
雰囲気ではなかったのである。
上原さんはたちは、笑顔いっぱいで答えた。
「命(ぬち)どぅ宝さ!」
昨日、ニュースステーションで報道された
「聴神経の再生に成功、瘢痕組織の“隠された能力”」は、
非常に興味深く、また明るい希望を未来に投ずるものであった。
あらためて人の治癒能力のすごさを知るとともに、
関谷徹治医師らの地道な観察があって、
それが明らかになったことは、とくに生物を対象とした研究では
忍耐をともなう観察眼が不可欠であることが感じられた。

いくら再生技術は進んでも、人は生物をつくることはできない。
大事なことは、その潜在する能力を十分に引き出す
その助力となることではなかろうか。

 関谷医師らの「新しい細胞移植法による聴神経機能の再生」が成功したとの発表は、そのことを物語るものである。
 それだけに、脊髄損傷や神経変性疾患「パーキンソン病」や「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」などの細胞移植治療への応用などへの利用にも期待される。研究成果のレポートにはこのように記されている。

 関谷医師たちは、初めにラットの聴神経瘢痕化モデルを樹立しました。これは、人の病気で見られる瘢痕組織を、聴覚神経系において忠実に再現したものです。従来から広く行われている細胞移植法は、細い注射針などを神経組織に刺して、細胞を神経内部に注入します(神経内移植法)。
 関谷医師たちもこれが最良の細胞移植法であると考えて、聴神経内に細胞を注入しました。しかし、注入された細胞は数週間後までに死んでしまい、機能は回復しませんでした。
 ところが、偶然に神経表面に漏れ出た細胞が、「自力で神経内に入り込んで生き延びる」というこれまで報告されていない現象を発見しました。
 そこで、次の実験では、細胞を神経内に注入するのではなく表面に置くことにし、これを「表面移植法」と名付けました。その実験の結果、表面移植された細胞は、瘢痕化した神経内に次々と入り込み、瘢痕組織を利用しながら形を変えつつ、長期間にわたって生き続けました。
 そして、3ヶ月後にラットに音を聞かせてみると、聴神経の機能が改善していることが明らかになりました。これは、移植された細胞が元の神経系にうまく取り込まれて正常に働くようになったこと意味しています。
 顕微鏡による観察でも、移植された細胞が、シナプスと言う接続部分を介して元の神経とうまく連結していることが確認されました。

 これが生命の生きようとする力であろうか。
「光あるうち光の中を歩め」はトルストイの有名な著書ですが、
生ある内に生ある物は、何とか生きようとするものであろうか。
生きるとはつながることであり、再生することであり、
逆に育むことでもある。そんなことを思わせる。