つれづれに思う。

自然のリズムとはそういうものか。
何事か起るときにはなぜか集中する。
しかも大事なことから些細なことまで、
ときに追われていると心まで追い込まれて、
それらの処理には途方もない時間が掛るように思えてしまう。

だが、腹を決めて「エイヤー!」と、
優先順位をつけて始めてみると、案外に早く片付くことに驚く。
つまり心が焦って、山積する課題を過大に認識しており、
現実の量(姿)がちゃんと見えていなかったわけだ。
心が狭められると、視野も狭まってくるから不思議だ。

逆に余裕があってか、疲れを感じてなのか、
些細なことを見落すことがある。
案外に「まぁ、いいや」と意識して見逃したことが
あとで心に大きく掛ることがある。

「塵も積もれば」ということもあるが、
そうではなくこの見逃した塵が心の回転を重くする。
まるで歯車に小さな小さな小石が掛ったような感じで、
またそれがなかなかしぶとく離れないことがある。

あのとき見えていたのに「見逃した」と、
後悔などが生まれると悪循環が始まる。
「覆水盆に返らず」で「これには意味がある」と思って、
腹を据えてしぶとい小石取りに向き合ってみると、
案外にポロリと小石が除けるものである。

いずれに共通するのは大事も小事も、
腹を決めて事を始めることに尽きる。
何事も一人の狭量な頭だけで計らず、
まず始めてみて体感し、意見を聞き、場合によっては修正し、
時間をかけてもやり遂げることであろう。

「至誠にして動かざるものは、いまだこれ有らざるなり」とは、
吉田松陰の言。
なぜか、すぐに消化でき言葉にすることができることと、
なかなか飲み込めない、飲み込んでも消化するのに
時間を要することがある。
何が飲み込めないのか。何を消化に手こずっているのか。
なかなか人には説明しにくいことである。

先日、訪れた松山油脂は、女性の方がご存知かもしれない。
化粧石けんやスキンケア化粧品のメーカーである。
十五年ほど前までは花王のOEMメーカーであったようだ。
もう廃業を決めていたところに、五代目の剛巳さんが継がれて、
OEMから自社ブランドのメーカーに転身したのである。
その生々しい苦労談の一端を当の剛巳さんにお聞きした。

一見すると特異な例のようにも見えるが、
そこには誰もが大なり小なり抱える問題が満載である。
家業を継ぐという親子の葛藤もあれば、
組織での新旧の軋轢、市場環境の変化への対応、
伝統と革新、事業拡大の苦労、新会社設立、工場建設、
ブランドの創造とブラシュアップ等々、挙げればきりがない。
現今でも、剛巳さんとご子息との関係もあれば、
当初から数十倍の売上高となったが、次のステップへの壁。

それら引っ切り無しの山積する問題の一端を
さらりと聞かせていただいただけだが、私には
剛巳さんのお父さんも含め、まともに対応されていると感じた。
一旦は廃業を決めていたお父さんは、
ご子息が事業を継承すると決めて戻られたときに、
御自身の報酬の半分を削って、ご子息の報酬とされたと聞いた。
「私も半分にするんだから、お前も前職の給料の半分な!」と、
足りない分は「石けんをつくって自分で稼げ!」と。

非常に「まとも」ではないだろうか。
「まとも」という言葉にどういうイメージを持つか知らないが、
私は事業にしろ何にしろ、最も大事なことだと思う。
むかし観たある映画の主人公の「当り前の人に会いたい」という
セリフが今も強く心に残るが、
まともな人は早々いるものではなく、
そういう人を会うと心がほんのりと熱くなる。
確か作家のヘミングウェイも、「本物の人間に会いに」
旅に出たと聞いたことがある。

まともに考えれば分かることや、見えてくることがある。
それも世間からみれば、
何か不思議なことのように思えることは多い。

たかが石けん、されど石けんである。
「誰か、その事業に目の色の違うやつはいるのか?」と、
企業トップが部下に迫ったという話を聞いた。
思わず「はい、おります」と部下が答えると、
「じゃあ、やりなさい」と事業の決済がおりたという。
目の色を変えるのは心の熱である。
その熱にかけるのが経営といえば、子どもじみているだろうか。
本誌の編集アドバイザーを務めていただいている、
竹原あき子さんが母校の千葉大で講演を行った。
その「骨とトゲのあるデザインの話」とのタイトルも興味深く、
私見ながら「竹原さんらしい」と感じられた。

正確ではないが、講演の冒頭「ようやくこういう話しができる」
との旨のことを言われたように思う。
誰にもときが来なければ言えないことや、
逆に、誤解を恐れずに言わなければならないときがある。
それは、ある意味で聞き手には“トゲ”のある話しであり、
耳の痛い話でもある。

講演内容の置くとして、
母校の学生さんが多く聴きに来られていることもあり、
何度となく「学生諸君!」と呼びかけられていた。
また、その学生を訓育する教職人へも叱咤激励の声がとんだ。
終始、竹原さんのデザイナーとしての生涯を通じた、
現在から未来へ訴える叫びのようでもあった。

何度となく竹原さんの話を聞いてきた私にとっては、
これまでにないほどときを得たすばらしい講演であったと思う。
それは終始、学生への愛情に溢れていからである。

「世界に学びなさい」「そのためにも語学を身につけなさい」
「これまでの偏狭な考えを捨て、柔軟に物事を考えさない」
「世界は大きく変化していますよ」等々。

そして、ある教職員の方に
「行政支援など期待せず、
 あなたが自力で生徒と海外へ赴きともに学びなさい」と。
終了後、質問に立った女子学生の一人が、
最後に「竹原さんのように素敵なデザイナーになりたい」と。

「彼がために悪を除くは、これ彼が親なり」。
何がなくても“愛”があれば、心に響くものである。
全てがあっても、そこに“愛”がなければ意味がない。

この6/19には本誌で久しぶりに、
竹原さんの少人数での講演会を催す予定であり、楽しみである。