「戦後70年」は、そのまま沖縄戦終結70年となる。
あの「3・11」の追悼特番で、ある寺に安置された遺骨を前に
キャスターの古舘さんが「どれほどの無念さか分かりませんね」というと、すかさずに同行していた長渕さんが、
「分からないじゃダメなんですよ。飛び込んでいかなきゃ」と。そんな旨のやりとりが強く記憶に残った。
 長渕さんの言葉は簡単でもあり、またむずかしくもある。
それ以来、戦後生まれの私も戦争を「分からない」と簡単にいい切るのは止めて、“飛び込む”ようにしている。
それは、たとえ心の所作であったとしても、
大事な大事な“行動”であるのように思う。
(理解を超えた)得体のしれぬ事を眼前にすると、
人は立ち止まってしまうものである。そこで勇気を出して、
一歩前に出てる。飛び込んでみる。心とは誠に不思議で、
紙一重のその境をちょっと超えるだけで、
心の見え方は百八十度違ってくるものである。

幼少期に父とともに沖縄戦をくぐり抜けた齢84歳の上原さんは、
終戦後に心のよりどころを見つけた経験を語る。

早くに父を亡くし、目指した夢に破れたが、
「戦争にぶつかったから、仕方がない」。そんな人生を、
苦しいというより、当たり前だと思っていた。だが、違った。
あるときに蓋をした心底の熱い願いが湧いてきた。
「おれは、幸せになりたかったんだ」
それは上原さんだけではなかった。
すると誰からともなく、自然に声が音楽を奏でた。
「てけてんてんてん…」。その口三味線の音楽に乗せて、
皆でカチャーシーを舞い始めた。
「何で今、カシャーシー踊っているの?」と、
近所の人は珍しがってのぞきにやって来た。
当時はまだ、沖縄全体がカチャーシーを踊るような
雰囲気ではなかったのである。
上原さんはたちは、笑顔いっぱいで答えた。
「命(ぬち)どぅ宝さ!」