天皇とは一体どんな存在なのであろうか。
日本国憲法には「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と。
かつてのような絶対的な存在とするべきではない。
となれば、人それぞれに異なった存在であっていいのだろう。
私自身、歳を重ねるとともにだいぶ変わってきた。
ある識者が、沖縄慰霊の日に訪れる天皇の姿をVTRで拝して、
「天皇はわれわれを代表して慰霊に訪れてくださっている」と、
コメントするのを聞いた。
天皇は、われわれ日本人の代表なのだろうか。
また慰霊の日には限らないが、天皇は
「皆さんの代表として行きますから」との思いなのであろうか。
天皇の心を斟酌するのは恐れ多いことだが、
私には、「日本人として」というよりも、
「人として」の振舞いの範を示されているように感じられる。
もちろん「範を示す」との気持ちはないかもしれないが、
黙々と自らに与えられた使命を果たしゆく、その姿であり、
背をみて「代表してくれている」と思っていていのだろうか。
その天皇の「心」を受け、われわれ自身もまた
その姿(範)を示す努力をしなければならない。
見守るひとり一人ではなく、後につづき同じように汗を流す
一人ひとちではければならない。そんな思いがした。
現・天皇御自身も、父の背をみて、また心を継ぐとの思いで、
今の姿があるのであろう。
安易に「代表」としようとする心のわずかの隙に、
かつての「絶対視」が宿り始めるのであろう。
われわれに寄り添おうとする天皇の心を知り、
その心と姿を身近に引き寄せる努力をしなければならない。
そうすればこそ、人それぞれの天皇の存在ともなろう。
そしてまた、われわれも後世に範となる努力をしなければならない。
「私たちは沖縄の苦難の歴史を思い、沖縄戦における県民の傷跡を深く省み、平和への願いを未来につなぎ、ともどもに力をあわせて努力していきたいと思います。払われた尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけて、これを記憶し、一人ひとり、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません。」(初めての沖縄ご訪問の折、ひめゆりの塔事件があった夜に発表された談話/昭和50年7月17日)
日本国憲法には「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と。
かつてのような絶対的な存在とするべきではない。
となれば、人それぞれに異なった存在であっていいのだろう。
私自身、歳を重ねるとともにだいぶ変わってきた。
ある識者が、沖縄慰霊の日に訪れる天皇の姿をVTRで拝して、
「天皇はわれわれを代表して慰霊に訪れてくださっている」と、
コメントするのを聞いた。
天皇は、われわれ日本人の代表なのだろうか。
また慰霊の日には限らないが、天皇は
「皆さんの代表として行きますから」との思いなのであろうか。
天皇の心を斟酌するのは恐れ多いことだが、
私には、「日本人として」というよりも、
「人として」の振舞いの範を示されているように感じられる。
もちろん「範を示す」との気持ちはないかもしれないが、
黙々と自らに与えられた使命を果たしゆく、その姿であり、
背をみて「代表してくれている」と思っていていのだろうか。
その天皇の「心」を受け、われわれ自身もまた
その姿(範)を示す努力をしなければならない。
見守るひとり一人ではなく、後につづき同じように汗を流す
一人ひとちではければならない。そんな思いがした。
現・天皇御自身も、父の背をみて、また心を継ぐとの思いで、
今の姿があるのであろう。
安易に「代表」としようとする心のわずかの隙に、
かつての「絶対視」が宿り始めるのであろう。
われわれに寄り添おうとする天皇の心を知り、
その心と姿を身近に引き寄せる努力をしなければならない。
そうすればこそ、人それぞれの天皇の存在ともなろう。
そしてまた、われわれも後世に範となる努力をしなければならない。
「私たちは沖縄の苦難の歴史を思い、沖縄戦における県民の傷跡を深く省み、平和への願いを未来につなぎ、ともどもに力をあわせて努力していきたいと思います。払われた尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々が長い年月をかけて、これを記憶し、一人ひとり、深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません。」(初めての沖縄ご訪問の折、ひめゆりの塔事件があった夜に発表された談話/昭和50年7月17日)