つれづれに思う
ナッツリターンならぬ、Uターン台風の今後のゆくえが注視されます。それとともにUターンの理由は何なのか。もちろん気象学上の理屈はあるでしょうが、台風が群生して日本に向かうとき、なぜか一つだけが真逆の方向に進むのをみて、妙な感を覚えました。
それが沖縄付近でまるで時を待つかのように止まり、勢力を蓄えています。それがUターンしてくるという予報ですから、脅威といえば脅威です。どれくらい勢力を拡大するのかもしかりですが、
何か「満を持して」狙うものがあるかのような強い意志さえ感じられます。
とはいえ、自然に対してわれわれは余にも無力であり、ただそのゆくえと影響を図ることしかできません。こうした自然現象をみるにつけ、「地球は生きている」そして「意志がある」との思いを強めます。われわれ人類も、この地球の生命から生まれたことを考えれば当然、意志があってもおかしくはない。
逆にいえば、われわれと地球、引いては宇宙の命はつながっているということで、その意志を感じとることもできるはずです。ただエゴに毒され、そうした感性は意識の深くに眠っているとはいえます。反省の念を込めて、もう一度眠った感性を呼び起こさねばなりません。
ともあれ、あのアインシュタインではありませんが、地球や宇宙のことを考える時、そうした専門知識はなくても、自らの内に落ちし込んで考えてみると、大半のことは腑に落ちます。かの重力場ではありませんが、(経験からも)人の思いが強ければ周りの空間が歪むと感じています。
空間が歪むとどうなるかといえば、それによって引き寄せられるものや逆に遠ざけられるもの、または心持によって歪んだ空間の内にあるものの見え方が変わるということです。その意味では「歪む」といった言い方は適切ではないかもしれません。
主催や中心者の思いが強ければ、それに応じた人たちが自然に寄せられてきます。同じような情熱、問題意識、課題などを抱えた人たちが寄せられる。それぞれは自ら自由選択しているようで、様々な事情で引き寄せられてくる。逆にいえば、行きたい気持はあっても、どうしても支障が出てくる。
そんなことを感じたことはないでしょうか。不思議です。心があれば必ず、それはカタチとして表われてます。集いばかりではなく、物事の全てについていえることでしょう。時間差はあっても、必要なモノや人は必ず引き寄せられる。それで起る核融合のような反応があって、物事は想像以上の成果を発揮していくのです。
つまりは善くも悪くも全ては自らの「心根」によって表われる現実は変ってゆくものではないかと思います。引き寄せる側であれ、また引き寄せられる側であれ、自らの心根をしっかりと整えるとともに、いつでも外に開いていたいものです。
いうまでもなく「台風」に善意もなければ、悪意もない。ただ意志はあるものと思いますので、ここ数日は考えてみたいと思います。