週の金曜日(3月13日)から

今年のマーチブレイクが始まりました。

春休みのようなものですが、

マーチブレイクは、長くて寒い冬にそろそろ

我慢出来なくなって来たころに、

もっと暖かい所に“避難”する感じで


沢山の人が旅行するのですが

私達は、逆に、混雑を避けて家でゆっくりするのが

今までのマーチブレイクの過ごし方でした。


今年は、主人が休みをとったこともあり、

例外にも、近場に二泊三日で出かけることになりました。

ということで、今4時間半ほど離れた

ニューヨーク州のCorningに来ています。

Corningにある硝子の美術館を訪れる予定です。



この美術館には10年以上前、

長男がまだ1歳のころに来た事があり、

硝子職人が実際に硝子の製品を造っているのを

見学、体験できたり、と色々学習できるプログラムもあり、

子供達も学びながら楽しめることを期待しています。


今年の冬は零下20℃~30℃と続いた日が多く、

オンタリオ湖も80パーセント凍ってしまったと

ニュースで聞きましたが、三月半ばの今でも

 やはり、この通り大部分がまだ凍っていました。




次いでに見えた鉄鋼の町、Hamiltonの写真も。
㊦㊦( ̄^ ̄




去年八月以来の訪米ですが、

数ヶ月ぶりで気温が2桁にまで上がった今日は

気持ちよく4時間半のドライブを家族みんなで楽しめました。

子供達は15分交代でゲームをしたり、DVDを一本見た以外は

ワイワイ、ガヤガヤと男の子らしく騒がしく、

お互いにちょっかい出したり、歌を歌ったり、

まだ茶色ではだかな山々の壮大さに見とれたり、

話したり、本を読んだり。



一人一台のエレクトロニックデバイスに

顔を埋めて一人の世界に閉じこもる子供達が多い今の時代、

私達親もそのはしゃぎ声を微笑ましく聞きながら、

神が造ったこの美しい世界を

ゆっくり、のんびりと楽しみました。


夜はホテルのプールで水遊びをした後

暖房がききすぎて暑すぎる部屋でなかなか

寝付けず、到頭冷房に切り替え、

やっと気持ちよく末っ子が寝入ったところです。

(上のお兄ちゃん達はまだベッドの上でゴロゴロとしていますが。苦笑


いつもより家族の時間が持ててよかった!

と切実に思った一日でした。






神は死んだのか


画 『God is Not Dead (邦訳:「神は死んだのか?」)』

DVDを購入してから一ヶ月ほど経ったでしょうか、

昨夜ようやく観ることができました。

夫は夜勤、次男はお泊まり会、末っ子は夢の中、

なので長男とリビングでムーヴィーデート。



いろんな方がブログでこの映画について語っているので、

詳細は省きますが、あらすじは、

必修科目である哲学のクラスで、

クリスチャンである大学一年生のジョシュは、

無神論者の教授が「神は死んだ」と紙に書いてサインをするように

最初の授業で生徒全員に要求したのを

自分の信仰に反するため出来ないと拒否したために、

「神は死んでいない事」を弁論させられることになり、

自分の成績、学歴、そして将来の道をかけて、弁論に臨んだという話です。

(愛読している「こころのブログ」(こちら)

もっと詳しく書かれてありますので、興味のある方はどうぞ。)



このストーリーの主旨は、クリスチャンとして信仰が試された時、

代価が何であっても自分の信仰を貫くか、

それともそれを折り曲げて妥協して周りに合わせるか

ということに有ると思いますが、個人的に

先週の日曜礼拝で教わった、要するに、

「罪を憎んで人を憎まず」というレッスンをこの映画を通して

長男にも伝える機会を持てた事に感謝しました。


クリスチャンはこの世界には善と悪の力があると信じています。

善の力は、もちろん神からですが、

悪の力は、かつて一天使であったが、

自分が神に取って代わろうと企んだために

天国から追放されたサタンから来ています。



追放されたものの、サタンは、いろんな手段を使って、

人を神から引き離そうとしています。

ですので、私たちクリスチャンが
日々闘っているのは

目に見えない、
霊的世界におけるこの「悪の力」です。


「わたしたちの戦いは、血肉に対するものではなく、もろもろの支配と、権威と、やみの世の主権者、また天上にいる悪の霊に対する戦いである。」
エフェソの信徒への手紙 6:12


パウロはエフェソの信徒への手紙でこの事をリマインドしています。

困難に直面した時、一番最初に私達が矢の先を向けるのは「人」です。

ですが、パウロがいっているように、私達の闘いは、

目に見える人やものではなく、

その背後にある悪の力に対するものでなければならないのです。



この映画の場合、教授に対して敵意を抱いてしまいますが、

教授は単にあやつられている人形の如くでしかなく、

実はそのバックで教授の思考や、行動を操る

サタンに敵意を向けるのが本当です。


先週の礼拝で、牧師さんは、

「我々の敵意が「人」に向けられた瞬間、

私達は間違いを犯したことになる。」と言いました。

なぜなら、敵意が「人」に向けられるとき、私達の中で愛がなくなる。

それは、私達を「人」だけではなく、神からも引き離してしまう。

「憎しみ」も生まれ、キリストの最も重要な教え

『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』(ルカ書 10章27節)

とかけ離れてしまう。

なるほどと納得しました。


長男は、無神論者の教授がジョシュを嘲笑しているのを観て

その教授の悪口を言い始めました。

そのとき、礼拝で牧師さんが言っていたことを思い出し、

長男に教えてあげることができました。

瞬間に、長男はだまり、静かに聞いてくれました。

教授に敵意を抱くのは、全く的外れだと分ったほしかったのです。

嘲笑されたからといって、教授という「人」を敵とすることは、

的外れなので問題解決にならないだけでなく、

クリスチャンの本当の教えにも反する事で、

神の愛を伝えるどころか、逆効果になってしまいます。

同意はできなくとも、敵になる必要はない。

人間である以上、気持ちもからんでくるので、

容易なことではないのですが、

大きくなっても、ずっと覚えていてほしいレッスンです。


間違ったターゲットに気をとらわれずに、

主を愛し、隣人を愛することをこれからも

私自身が身をもって教えていかなければ

と思ったムーヴィーデートでした。




キュメンタリー「Drop Box」を見てきました。

Focus on the Family という機構が制作したドキュメンタリーで、

アメリカでは、3月4日~6日、

ここカナダでは4~5日だけの上映となっています。

(今朝、3月9日の上映も追加されたとのニュースを目にしました。)


Drop Boxと聞いてまず最初に浮かんでくるのは、

「寄付の箱」?なのかな?という感じでした。

寄付は寄付でも、服や日用品ではなく、

赤ちゃんです。

生後1時間から数ヶ月の新生児が一日に一人の割合で

Drop Boxに「廃棄」されてきました。


韓国では、年間数百人の赤ちゃんが路上に捨てられています。

イー牧師の自宅の玄関前に、ある朝、

一人の赤ちゃんが置き去りにされていました。

そのことをきっかけに、イー牧師は、自分の家の壁に穴を開け、

『箱』を設置して、どうしても産んだ赤ちゃんを

育てていけない人のために、


赤ちゃんの「Drop Box」を設置しました。

そして、イー牧師の家は「JuSarang」(主の愛)の家と変わりました。

「Drop Box」を設置して以来354人の赤ちゃんが置いて行かれました。



赤ちゃんが置かれると、玄関のチャイムのように音がなり、

赤ちゃん到着の知らせが入ります。

夜中、朝方関係なく、このチャイムは鳴ります。

チャイムを聞くと、牧師はいそいそと赤ちゃんを取りに行きます。

居間に戻ってくると、まず、赤ちゃんのために祈ります。


「Drop Box」を設置することは、「赤ちゃんを捨てること」を

促していることだという反対意見もある中、

「Drop Box」があるおかげで、
数百人の赤ちゃんがの命が救われました。

「Drop Box」がなかったら、この子達は代わりに路上に捨てられて、

ほとんどが助からなかったでしょう。


「Drop Box」を提供する傍ら、イー牧師と奥さんは、

10人の身体障害を持つ子供たちを養子/養女にしています。

実の息子、26歳のEun Wanさんも、障害を持って産まれ、

体(顔を含めて)に変形が見られ、

産まれてからずっと寝たきりの生活です。


糖尿病や高血圧などの病気を抱えながら、睡眠を削って、

イー牧師はこの子達の面倒を昼となし、
夜となしに見ています。

「この子達のためなら死んでもいい」
イー牧師の言葉です。

まさに自分の命をかけて使命を果たしています。


命の美しさを知っている人だからこそ出来る事だと思います。

どんな命も価値のあるものだと信じているから出来ることだと思います。

そして一つ一つの命を造った神の愛を

心から分っている人だからこそ出来る事だと思います。

自分よりも他人。
他人から何を得られるのかではなく、

自分が他人のために何ができるかを常に考えている人なんでしょうね。


なくてもいい命なんて一つもないのです。

障害を持った子も、親に捨てられた子も生きる権利があるのです。


命の価値、美しさを改めて理解させてくれたドキュメンタリーでした。

興味のある人は
トレーラーを是非ご覧になって下さい。
邪の引きかけでちょっとダウン気味ですが、

オレガノとハーブティーと祈りで一生懸命

それを振り切ろうと頑張っているここ数日です。



前回の投稿(「夕あり朝あり」)で「夕あり朝あり」を読んで

最も心に残ったことが二つあることを書きました。

一つ目は、主人公五十嵐さんの純粋な信仰心に感嘆したことですが、

二つ目は、信仰心を反映した五十嵐さんの生き方が周りの人達にもたらした影響です。


私たちクリスチャンは、「地の塩、地の光」であると、イエスは言っています。

 あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。 
14 あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。 
15 また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。 
16 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。 
マタイによる福音書5章13-16節

五十嵐さんは、まさしく「地の塩、地の光」として生きてきました。

10年務めてきて、しかも待遇も良かった三越を離れて、

独り立ちしようと決心し、辞表を出しました。

専務の家に呼ばれて、理由を問われた時、五十嵐さんは、

「この世での自分の本当の願いは、自由にキリストをのべ伝えたい事」

だということを申しあげたとのこと。

路傍伝道に石粒が飛んできたり、信者には家を貸さないものもいる

明治の時代、日比専務は熱心に自分の言うことを聞いてくれて、

未練を残しながら、五十嵐さんを送ってくれたそうです。


その後、常務であった藤村さんにも引き止められたものの、

「神の前に堅く決心した事」であったので、辛かったものの、

返された辞表を受け取らなかった五十嵐さんでした。

そして、何を始める計画かと問われて、

「洗濯屋」と言って藤村常務を驚かせたのですが、

(洗濯屋というのはあの時代では人の汚れ物を扱う仕事として

見下されていた)、それだけではなく、五十嵐さんが

「洗濯屋」に行き着くまでに考慮にあった条件を書いた紙切れを

見て、藤村常務はもっと驚いたのです。


条件の一つに、「三越の営業に抵触しないこと」とあって、

普通なら、長年の経験を生かしたいと思うのが人情で、

三越を通して知り合った問屋に相談して自分の店を持つ人もいた中、

こういう風に考慮している人は初めてみたと藤村常務は沈黙してしまいました。


が、「キリスト教のことは詳しくは知らないが、

今何箇条かを見ていて、おぼろげながら、分ってくるものがある」

と「応援させてもらいたい」という言葉を餞別にもらったのです。


このように、ノンクリスチャンの前でも、

(そしてそのノンクリスチャンが上司であったのにも関わらず)

自分の信念、決意の奥にあった信仰を隠さずにきちんと話したから、

藤村常務もキリスト者とは何なのか、少しながら、見えてきたのです。


でも、一番私の心に残った話は、五十嵐さんが

表通りが工場への通り道となっていた

自分の持家を改造して伝道所(後の富ヶ谷教会)とし、

結果として、数百人の礼拝が行われる教会堂ができただけではなく、

会社の従業員が次々と洗礼を受けるようにもなり、

それのおかげで、白洋舎の職場が和気藹々となり、

昼休みには賛美歌のコーラスが
流れるようにまでになったとのこと。

さらには、集金をごまかすものや


客の品を質に入れるものもいなくなり、

次々と富ヶ谷教会に通うものが増えたそうです。


「地の塩、地の光」であった五十嵐さんは、

「塩」としての味を効かせ、

「光」としてのあかりで周りを照らし、

「天にいる父」を崇めるように生きたのです。


そして、御言を行う人になりなさい。おのれを欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけない。 
23 おおよそ御言を聞くだけで行わない人は、ちょうど、自分の生れつきの顔を鏡に映して見る人のようである。 
24 彼は自分を映して見てそこから立ち去ると、そのとたんに、自分の姿がどんなであったかを忘れてしまう。 
25 これに反して、完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人は、聞いて忘れてしまう人ではなくて、実際に行う人である。こういう人は、その行いによって祝福される。
ヤコブの手紙1章22-26節


この教えを五十嵐さんの人生に見ることができます。

五十嵐さんは、聞いて、実際に行う人でした。

そんな話がいっぱい詰まった「夕あり朝あり」は、

次のページに進むのが待ち遠しかったほど

励まされる五十嵐さんのストーリーでいっぱいでした。













は何を読もう?

と本棚の中にある本を見ていた所、

三浦綾子さんの本が読みたくなりました。

20冊ほど並んだタイトルに目を通すと、

「夕あり朝あり」で目が止まりました。


持っている三浦綾子さんの本は

全部一度は読んだと思っていたのですが、

「夕あり朝あり」の概要を読んでもピンと来なく、

これだ!と手にとりました。


FBを通して、私が「夕あり朝あり」を読んでいると知った妹は、

10年前に置いて行ったのに、今やっと読んでるの?!

と驚きの声。(いや、呆れの声と言った方がよいかも 笑 )


でも、いいお話は一度読み始めると、止められませんね。

久しぶりに読む三浦綾子さんの本、心が

言葉にはできない素晴らしさで満たされました。


特に「夕あり朝あり」は、日本に最初にドライクリーニングを

取り入れた五十嵐健治さんの生涯小説で、実話なので

最初から最後まで胸を打たれました。


私からしてみれば、フィクションのような人生を送った五十嵐さん、

一ページ一ページに溢れんばかりのストーリーが

記載されていましたが、一冊全部読み終えて、

心に最も残ったことが二つあります。


一つ目は、五十嵐さんの信仰心です。

波打つ最初の19年を過ごした五十嵐さんは、

人生に終止符を打とうかと思っていた時、

北海道小樽でキリストと出会い、

それからの人生をキリストのために生きたのですが、

その純粋で一筋な信仰心に私は心を打たれました。


社会は、いつまでも子供でいることを許してはくれなく、

青春期あたりから少しずつ大人になっていくことを求められます。

実際、私ごとですが、13歳になろうとしている長男が

いろんな面で成長できずにいるのにイライラを感じている私です。

もう、13歳になるんだから、こうであるべき!

いつまでも子供みたいにいないで、少しは成長しなさい!

というのが本音です。


子供から大人への成長は、時には

知識が増えると共に、純粋な心が

消えて行く事をも意味します。


ですが、イエスはこう言っています。

「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。
マタイによる福音書 18章3節


五十嵐さんの信仰心は、私にこの節を思い出させてくれました。

人には理解できない、信じられないようなことでも、

五十嵐さんは、神の道はこうであるから、

と聖書の教えをただただ単純に守っていました。


例えば、「スター商会」という同業の競争者が出現し、

五十嵐さんの創立した「白洋舎」の独占していた

ドライクリーニング業界を脅かすものとなった時も、

最初は敵愾心はあったものの、

慕っていた第三の母なる高梨梅姉の「祈りましょう」

の一言で、クリスチャンとしてのあり方を指摘され、

その後は、スター商会の繁栄のために祈り続けたのです。

結果として、スター商会の経営者である師岡氏と竹馬の友となり、

生涯を通して、付き合う仲となりました。


また、名古屋のいとう呉服店(後の松坂屋)の

伊藤社長から、是非名古屋に進出してほしい

という話を持ちかけられた時、

既に資本と人手不足の白洋舎にとっては、


利益よりも、損失の方が目に見えていたのにも関わらず、

この洗濯業は神が与えてくれたものだと

「信仰心を土台にして」立ち上げた事業は

社会奉仕の精神で続ける時もあるとし、

名古屋に支店を開くことに踏み出したのです。

結果として、この名古屋支店は

赤字など、出だしは順調ではなかったものの、

後に、特に東京空襲の時に被害にあった多くの支店の

早い立ち直りの手助けとなったのです。


「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。 」
マタイによる福音書6章33節

五十嵐さんの人生は、まさにこの教えを貫いたものです。

神の国と神の義を一心に求め続けた五十嵐さんは、

必要な時に必要な物すべてを与えられました。


五十嵐さんの人生は決して、問題なく順調なものではありませんでした。

最初に言ったように、フィクションに思えるほど、

色んな試練があったのです。


でも、キリストと出会ってからは、

自分の智慧に頼ることなく、神に身を委ね、

神の教えのままに歩み続きました。

96歳まで生きた人生ですが、

赤子の心を持ち続けた方です。


そういう、一途でピュアな心を私も持ち続けたいです。

(二つ目については次回の投稿で)