4/19教育文化委員会で陳情署名は“継続審査”に!
4月19日、“城野遺跡で愛を叫ぶ集い”(2/26)から取り組み始めた陳情署名「城野遺跡を後世に残すよう求めます」が教育文化委員会で審査されました。2か月足らずでしたが、コツコツ集めて1012筆の署名を提出しました。ご協力ありがとうございました。委員会当日の私たちの訴えは5分の口頭陳情だけ。委員10名の方々に、城野遺跡の重要性、市の国との保存交渉への疑問、すすめる会の活動を知っていただくために、事前に「1800年前の貴重な歴史が刻まれた城野遺跡を今の私たちの時代に壊していいのでしょうか」の手紙と資料を送りました。読んでもらえたかどうか・・・。長くなりますが、印象的だったことをご報告します。委員から「城野遺跡を現地保存するのにどれだけ努力したのか?」の質問に、担当局(市民文化スポーツ局)は、これまでと同じことの繰り返しでした。それは、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 市は国と2011年9月から2013年6月まで合計10回の保存交渉を行った。城野遺跡が発見された土地は国有地であり、市は文化財保護法に基づき「土地の確保は国の責任」「保存活用は市の責任」の役割分担を主張したが、国は土地を確保せず、優遇措置(1/3無償)や等価交換を提案してきた。両者は合意に至らず、国が地方公共団体等向けに取得等要望の受付を開始したため、市は(取得要望せず)2014年1月に当初の「現地保存」から「貴重な箱式石棺は移築保存」に方針を変更した。2 地方公共団体等から要望がなかったため、国は2016年11月に一般競争入札を公示し、大手建設会社が落札した。市は大手建設会社に貴重な方形周溝墓部分を緑地部分に充てるようお願いした。その後、同社から方形周溝墓部分を緑地部分に充て、市に無償譲渡する申し入れがあった(3/3市議会で答弁)。現在、大手建設会社から提示された土地の広さの中で「城野遺跡や石棺にかかる説明板の設置、案内看板や駐車場などの周辺整備」が可能かどうかも含めて検討している。今後、地元住民の意見も聞きながら進める。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これで、城野遺跡を本気で現地保存する努力をしたと言えるのかなぁ???1の「保存公開は市の責任」について、担当局は「保存公開にかかる費用は市が負担する覚悟だった」と話します。ということは、問題は「土地の確保」だけ?だったら、「保存公開は市の責任」という文化財保護の立場を貫くために、優遇措置や等価交換を活用して土地を取得すべきだったのでは?市が「土地の確保は国の責任」と最後まで譲らず、土地取得を要望しなかったのは、市の責任で保存公開したくなかったのではないか?担当局にこのことを聞くと、「最後まで努力した」と言って、上記の説明を繰り返すだけ・・・。全く理解できません。ちなみに、城野遺跡の発掘調査にかかった莫大な費用(数億円)は土地所有者の国が負担し、市と保存交渉した福岡財務局小倉出張所は「国は国有地を自治体に無償で譲ることはない」「どうして市は土地取得を要望しなかったのか・・・」と私たちに話しました。最後に、教育文化委員会委員長は「市民の声にどう応えるかという立場に立っているか」「専門家の熱心な要望に耳を傾けているか」「情報を開示し説明責任を果たしているか」と市の文化財保護行政の問題点を指摘し、一緒に改善していくよう求めました。審査の結果、私たちの陳情「城野遺跡を後世に残すよう求めます」は“継続審査”となりました。なお、担当局は、方形周溝墓部分の整備について、「地元住民の意見も聞きながら」の「地元住民」に私たち「すすめる会」も入っており、今後も意見をしっかり聞いていくと答えました。現在、昨年11月に落札した大手建設会社は、城野遺跡の重要性から1年以上工事を進めず、市の土地買戻しへの対応を見守ってきましたが、「市は買い戻す気はない。いつまでも待てない」と、4月18日から土壌汚染ボーリング調査に着手しました。城野遺跡は、私たちの活動開始以来、最大の危機的状況です。しかし、城野遺跡は私たち市民の大事な歴史的財産です。「現地保存される方形周溝墓を生かした遺跡公園へ」と、地元住民としてこれからもがんばります。最後までお読みいただき、ありがとうございました m(__)m↓審査された陳情署名です。↓委員会での口頭陳情の原稿です。↓市が大手建設会社から無償譲渡されるのは、ほぼ方形周溝墓の部分のみです。