“市長への手紙”で北橋市長に意見や疑問をとどけて
今、城野遺跡は消滅の危機にありますが、まだつぶされていません。そこで、「城野遺跡を現地保存し、遺跡公園として整備と活用を」と願う市内外の皆さんに緊急のお願いです。“市長への手紙”で、北橋市長に「城野遺跡への思いや願い」「現地保存断念への疑問」「黒塗りの情報開示など市の説明責任への疑問」「地権者に方形周溝墓部分を残してもらうだけでは城野遺跡の価値と魅力は伝えきれない」「土地取得のために一刻も早く地権者に協議の申し入れを」などメールしてください。いま、城野遺跡の現地を守れるかどうか、北橋市長の英断にかかっています。一言でもいいので、城野遺跡への思いや疑問を北橋市長にメールしてください。回答も届くことになっています。↓“市長への手紙”はここをクリックしてください。https://ssl.city.kitakyushu.lg.jp/cgi-bin/enquete/registEnquete.cgi?EID=5f8dd86f0a4b077d42620afab3db8ff7そもそも国有地(医療刑務所跡地)であり、国も県も市も極めて重要な遺跡と高く評価し、北九州市も当初「現地保存」の保存計画で国と交渉していたのに、国に対し土地の取得を要望せず、「石棺2基の移築保存」に保存計画を大転換したのは何故?公的団体からの取得要望がなかったため、国は一般競争入札を公示し、城野遺跡の土地は大手建設会社が取得し、現在、ショッピングセンターが建設されようとしています。北九州市は、私たちの「城野遺跡の現地保存を断念するに至る国、県との交渉の経過と結果を示す行政資料」の開示請求に対し、協議内容は全て黒塗りで一切開示していません(現在情報公開審査会で審査中)。現在、北九州市が国との保存交渉について明かしているのは、2016年3月議会本会議での市民文化スポーツ局長が答弁した下記内容のみです。お読みください。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・城野遺跡の現地保存での交渉は、平成23年9月を皮切りに平成25年6月まで合計10回行った。本市は交渉の初期の段階においては、発見された遺跡の内容、その重要性、保存する位置や面積、保存方法等にかかわる市の保存計画案について説明をした。その中で文化財保護法に示されている国と市の任務を踏まえ、保存すべき土地については国の責任で確保し、市が保存公開することを再三にわたり要望した。国からは第4回目の交渉時に、保存用地を市が購入し確保することを求められた。第7回目の交渉時には、土地購入に際しての優遇措置(1/3無償)や等価交換などについての説明が行われた。その後の交渉では、文化財保護の考え方やその方法に関して、それぞれの主張する質問や説明、内部検討を踏まえて要望を繰り返しながら進められたが、両者の主張は平行線をたどり、最終的には合意に至らなかった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これだけでは、北九州市の主張や説明に対する国の反論、あるいは国の主張や説明に対する市の反論など一切わからず、「平行線をたどり、合意に至らなかった」という結果だけ言われても到底納得できません。※市の保存計画案(原案)も黒塗りでした。ちなみに、北九州市が交渉した「国」の担当は福岡財務支局小倉出張所ですが、私たちとの懇談で「国有地を無償で地方公共団体にあげることはない」と断言しました。北九州市の主張では「平行線をたどり合意しなかった」のは当然であることがわかりました。また、国の土地だったからこそ優遇措置や等価交換など土地の取得に有利な条件があったこと、遺跡公園にすれば国や県の補助金も期待できたこともわかりました。城野遺跡の価値と魅力を知れば知るほど、「北九州市が市民の歴史的財産として城野遺跡を現地保存し、遺跡公園として整備活用するために土地の取得を要望しなかったのは何故?」「市議会に土地取得のための議案を諮らなかったのは何故?」など北橋市長への疑問は高まるばかりです。「世界遺産のある文化と歴史を大切にする街」として北橋市長の文化財保護行政の真価が問われています。一刻も早い北橋市長の英断を切に願っています。↓城野遺跡の意向配置図 北九州市は、地権者(大手建設会社)に義務化されている「3%の緑地部分」を方形周溝墓部分にあてるようお願いしています。東アジアの壮大なロマンを語り、北部九州を代表する遺跡なのに・・・。方形周溝墓部分だけで城野遺跡の価値と魅力が将来にわたり多くの人々に語り継がれるでしょうか。