さてはて、東京・小金井市の江戸東京たてもの園で覗いてみた特別展『江戸東京のくらしと食べ物』(会期は6/15まで)を振り返っておるわけですが、4章立ての展示構成のうち「第1章 華開く江戸の食文化」と「第2章 食文化の文明開化」とがそれぞれに長くなってしまいました。あとは「第3章 戦中戦後の食事情」と「第4章 外食産業の発達と食の多様化」が残っておるところながら、ここはちと足早に。
ここまではどんどんと日本の食生活が豊かになるといいますか、多様になってきたようすを窺い知ることになりましたけれど、戦中戦後の食事情となりますと、「食」以前に「食料」そのものが乏しくなっておりましょうから、推して知るべしの感はありますですね。
長びく戦争によって物資が不足する中、1942年(昭和17)、米をはじめ塩や味噌、醤油などが次々と配給制となり、食卓に暗い影を落としました。
解説パネルを見ますと、食料品を中心にマッチや衣類までさまざま、日常生活で用いる品々の使用が制限されたことが分かります。太平洋戦争開戦以前にしてすでに、このように米の節約を促す隣組回覧板が回っていたようで。
3日に1食はうどんやそば、パンなどを食べるよう呼びかけるほか、必ず実施することとして「完全に咀嚼すること」「過食しないこと」「残飯を出さないこと」を求めている。
「隣組」と言えば、♪とんとんとんからりと隣組~と、妙に明るく歌われる戦時歌謡を思い出して、歌詞の続きに「廻して頂戴 回覧板」などと地域の相互扶助を表しているようで、その実、時局に鑑みた相互監視組織ともなっていたのであったなあと。余談ながらこの歌の旋律をそのままに、TV番組『ドリフの大爆笑』(1977年放送開始)のオープニングで使われていたことを思いますと、そこはかとなく戦争の頃の空気といいましょうか、そんなものが残る時期でもあったのであるかと思ったり。
ともあれ、戦時中の食糧逼迫は大変なもの(といいつつ、軍部の倉庫には食べものが唸るほど蓄えられていたとはよく聞くところですなあ)であったわけですが、戦後になってもすぐに状況が好転するでなく、そこへ持ち込まれたのが米国からの小麦粉でもあったのですよね。
農林省(当時)からして輸入食糧をうまく使う方法を伝授しようとしていたと。小麦粉を活用したパンの作り方やトウモロコシ粉の利用法が記されておりますな。個人的に、こうした状況を色濃く反映していたのは学校給食であるかなと。
昨今の学校給食は米飯が出てくるのが当然のようになっておりましょうけれど、1960~70年代前半(?)くらいはもっぱらパン食でありましたな。やけに耳の部分が固い食パンが毎日出されたものですから、目先の変わったコッペパン(砂糖をまぶした揚げパンであることが多かった)が出ると、些か色めき立ったような。やはり粉もので「ソフトめん」なるうどんまがい?のものも出てきたような。
後の時代のこととしてドラマや映画の『おいしい給食』に描かれるほどの魅力を、当時は全く感じておらなかった(個人の見解です)ものの、食生活の点では米飯一辺倒から多様化を促すという効果は確かにあったことでしょう。
そうした流れを受けて、国も減反政策を展開して現在に至る。このところ急浮上している米不足は、結局のところこの流れの果てに生じたものでもありましょうか。で、各家庭では自発的に(なにせ米の値段が高いので)粉ものへの傾斜度を増しているとは、「歴史は繰り返す」と言っては言い過ぎでしょうけれどね。
で、展示の最終章(第4章)は「外食産業の発達と食の多様化」と。米飯一辺倒ではなくなっていったこともあり、日本の食事情は多様化の一途をたどりますな。外食を含めて、日本にいながらにして世界じゅうの料理を味わうことができるようにもなっていく。先駆けとしては紹介されていたはファミレスとファストフードの展開でありましたよ。ちなみに、スカイラーク第1号店は1970年に、マクドナルドの第1号店は1971年にオープンしたと。
外食には「おでかけ」的なお楽しみも伴うことで伸びが見られた一方で、自宅での食事もまたバリエーションも富むものとなっていきましたなあ。江戸時代ではありませんが、そこに寄与したのはやはりレシピ本、グルメ雑誌の数々でもありましょうね。
今となっては、かかる情報はインターネット経由で得ることから雑誌そのものの存続が危ぶまれることになってますが、それはまた別の話。本展冒頭の「ごあいさつ」にはこんな一文がありましたなあ。
今日の日本の食文化は、江戸庶民の食が西洋料理と出会い、うまく混ざり合って新しい食文化へと進化し、多様化してきたものです。人々の「おいしい」の変遷に思いをはせていただければ幸いです。
日本の文化受容にはブラックホールのようなところがあって、食文化にも同様のことが言えましょう。それだけに、これから先さらにガラパゴス的進化が起こっていきそうに思いますが、果たしてどんなことになっていきますかね…。