そも日本酒メーカーである(と思い込んでいた)黄桜がビールを造っていたのであるか?!と気付かされたのは、一昨年2022年の9月に大阪・高槻市の探訪に出かけた折でしたなあ。暑い暑い中を歩き廻っておりましたので、コンビニでビールをひと缶買って…と思えば、「おや、見かけないデザインであるな」と手に取ったのが「悪魔のビール レッドセッションIPA」というものだったという。

 

各地の地ビール、クラフトビールはなかなかに奇抜なデザインとネーミングがなされていたりするものですから「これもまたそれ系ね」と。いったいどんなマイクロブルワリーが出しているのかと思いきや、これが大手酒造メーカーの黄桜だったのですなあ。「悪魔たちもついつい飲みすぎるビール」とは同社の宣伝文句ですけれど、思いのほかうまいでないのと思ったものです。

 

で、このほど京都・伏見の黄桜伏水蔵を訪ねてみれば、黄桜のビール事業はすでに1995年から始まっており、今ではブランド・バリエーションも実に多様な展開を見せていることを知った次第でありますよ。ということで、伏水蔵の展示から黄桜のビールのお話ということで。

 

 

日本酒コーナーとはフロアを変えて、これまた廊下を通り過ぎがてら製造工程を覗き見ることができるようになっておりますが、やはりこちらも開店休業であるようす。受付の方に伺ったところでは「(全国展開に至るほどの量ではないものの)好調な売れ行きに応える新工場でもある」というのが、見学施設・伏水蔵を併設したこの工場であるというお話だったのですけれど、ま、企業も勤め人もお休みは大事ですしね。

 

 

とはいえ、瓶詰工程が見られるという触れ込みに違うところは残念でしたですけれどねえ。ま、こぼしはともかくとして、黄桜が地ビール製造を手掛けた背景をちと振り返っておくとしましょう。

…量産型のビールは飲みやすくて馴染みのあるビールですが、万人受けを追求した結果、個性に乏しい画一化されたビールが受け入れられてきました。しかし1994年(平成6年)、当時の細川政権の規制緩和政策により、ビールの最低製造量が2,000㎘から60㎘に引き下げられました。これにより、寡占状態にあったビール事業に全国の酒類メーカーや起業家が製造に着手し、個性豊かなビールが次々と誕生する地ビールブームが訪れました。

結果、「最盛期には300社以上のメーカーが存在するほど」になり、見た目も味も個性豊かなビールがざくざく誕生したのですな。今では淘汰されたメーカーもありましょうけれど、全国の地ビールが並ぶようすはなかなかに壮観でありますな。

 

 

ただ、ふと思うことには量産ビールは万人受け、画一化…と仰る黄桜の日本酒ははて?と。いささか自己矛盾の嫌い無きにしも非ず?とも思ったりしてしまいますが、(完全に想像ですが)万人受け狙いの日本酒造りで感じた限界の故にビール造りがあり、社名から「酒造」の看板を取り払っても化粧品や食品分野に参入していこうという方向につながっていくことなのかもしれませんですねえ。

 

 

こちらが黄桜で造っているビールのバリエーションですけれど、個性を追求すればこそ少量多品種になるのか、まあ、全国をカバーする量産体制とは異なる展開で臨んでいるのでもありましょう。そこに割り切るといろんな試みができることにもなり、なかなかにニッチな線で新たな開発を進めてもおるようで。例えばこんな。

 

紀元前3000年頃の古代エジプトでは、「エンマー小麦」を用いたビールが飲まれていました。当時、早稲田大学の教授であった吉村作治氏がこれを解明したものの、古代種であるエンマー小麦はどこにも栽培されておらず、再現には至りませんでした。その後、京都大学でその貴重な種子が保存されていることがわかり、再びエンマー小麦が栽培され京都大学と早稲田大学の共同開発に黄桜が協力することになりました。こうして最先端技術と酒造りの知恵が結集し、現在の嗜好に合う「現代のビール」として完成させたのが”WHITE NILE”です。

明治の初め頃にも日本でビール会社の乱立があり、愛知県半田市でも(ミツカンの関係会社として)「カブトビール」が誕生。その後失われてしまうも、半田市の赤レンガ建物で復刻版を飲めるようになっていたりするケースはあるも、こちらは何千年という昔の話ですから、スケールが違いますなあ。ま、古代エジプト人が飲んでいた味を読みがらせる試みではありませんけどね。上のパネルでは3種のビールが総会されていますけれど、現在のところは「ホワイトナイル」のみ発売されておるようで。

 

とまあ、黄桜伏水蔵は企業ミュージアムのひとつですから宣伝色が濃厚なのも事実ながら、その内容のほどは月桂冠大倉記念館(あちらは伝統的な建造物にも価値はありましょうが)を上回るものであろうかと。それでもって入館無料とはやるではありませんか。ただし、最終的にたどり着く売店兼試飲コーナーは有料試飲なのですよね。けちくさいことを言うようですけれど、作戦としては月桂冠が予め試飲込みで入館料をとるという形の方が試飲しやすいような気も。

 

 

で、ここではケチったというよりも、この後に伏見市街中心部までてくてく歩いて帰ることを考慮して、仕込水「伏水」をグイっと一杯(これは無料です。笑)。これが実においしい水でして、冷え冷えだった御香宮の御香水以上に染み渡る感じでありましたよ。日本酒にせよ、ビールにせよ、水は勧進ですなあ。