東京都内に限らず、全国各所に音楽イベントが開催されるホールがありますですねえ。多摩地域でも各自治体がさまざまなホールを運営しておりますのは、まあ、言ってみれば箱もの行政の一端かとは思いますが、その規模と設備においては「身の丈にあってないのでは」と思えるほどに立派な施設があったりも。
その点、身近なところで言いますと、国立市が持っているのは「芸術小ホール」という施設(略して「芸小ホール」と)。で、小ホールというからには大ホールもあるのかと言えば、これが無いのですなあ。市の財団によって催される公演はコンサートあり、演劇あり、落語ありと、ジャンルを超えてさまざまなイベントを一手に引き受けているわけなのでありますよ。
小ホールというくらいですから、フル・オーケストラのコンサートなどが開催されることはおよそ無い(同市内なら一橋大学の兼松講堂が使われたりして)のですけれど、都心のプロ・オケが多摩地域で公演を行うと、毎度お決まりの名曲プログラムばかり(中でも「新世界」比率が異常に高いような)ですので、まあ、いいのですけれどね。
その代わりに…といっては何ですが、小さめの空間を活かしたオリジナルな音楽イベントが開催されるというお楽しみがあるのは、しばらく前に「ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスター』の詩情」と題した音楽演奏、朗読、映像を複合的に使ったイベントが開催されたのも一例であるかと。ここならでは、でありましょうか。
と、毎度ながら長い前置きでしたですが、このほどもまた芸小ホールに足を運んでみた次第でありまして。先の複合イベントほどの珍しさではありませんけれど、開催されたのはヴァイオリンとピアノによるデュオの演奏会。ですが、趣向には一ひねりあるものでありましたよ。
プログラムのメインとなる1曲をベートーヴェンのスプリング・ソナタに置いた…となりますと、要するにヴァイオリン・リサイタル、無伴奏ではなしにピアノ伴奏付きの、と思うところですけれど、ここではあくまでデュオ・リサイタルなのですな。なんとなれば、ヴァイオリンとピアノの対等なる競演を意識して、わざわざ「M&M」というユニット名を付けているくらいですのでね(ヴァイオリンの石上真由子、ピアノの江崎萌子、ふたりの名前の頭文字から「M&M」)。
で、メインのベートーヴェン作品は、一般に日本ではヴァイオリン・ソナタ第5番「春」として知られるところながら、本来の(楽譜の表紙にも書かれた)タイトルは「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」であると。ここで、ピアノがヴァイオリンより先に来ている点も気に掛けるべきところのようで。
演奏開始前の説明に曰く、この頃のベートーヴェン(5番のソナタを書いたのは30歳の頃とまだ若い)はウィーンの音楽界で達者なピアニストと目されていましたから、自作のピアノは自らが弾く想定であって、それだけに第4番まではヴァイオリン以上にピアノが大活躍する(当然に注目は奏者ベートーヴェンに集まる)という具合であったとか。それが、この第5番ではようやっと?ピアノとヴァイオリンが対等になってきた…とは、まさに今回のデュオにうってつけの曲というわけですね。
先に「趣向には一ひねりある」と申しましたですが、いざこの曲の演奏にあたって、全四楽章の楽章間で、敢えて一旦、音楽を止め、楽章ごとにピアノとヴァイオリンの掛け合いの聴きどころなどを都度紹介する解説を挟むとは、珍しい趣向ではなかろうかと。この場所ならではのような気がしたものです。曲の全体像をつかむ機会がままありますけれど、楽曲理解といいますか、曲の妙味をより味わえるようにするには「あり」かもしれませんですね。
ところで、前半部分はベートーヴェンとずいぶん趣の異なるフランス音楽、フォーレとドビュッシーでしたけれど、こちらの方は、先日パリのサロンに関わる本を読んでいただけに、まさにサロン・ミュージックを聴くような気にもなったり。実際に、フォーレはずいぶんとサロンで活躍した作曲家であったわけですし。
なにしろ小さなホールですので、今そこで、目の前で楽器から音が発したことが分かるような具合。この近さがまた、サロン的雰囲気を醸すところでもありましたなあ。多目的な用途を意図した施設ながら、こと室内楽、少人数のアンサンブルにはしっくりくる空間と改めて感じたところでして、大がかりな演奏はよそで聴くとして、これはこれでありと思ったものでありますよ。