先日来、何の気の迷いか?JAXAやら国立天文台を訪ねて、その度に「科学の子」がどうのこうのと言い及んでしまいましたですが、このほどふいと手にした地域情報紙で見かけたところに「?!」と。内容は地域限定ではなくして全国的なお話なのですけれど、「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2019)」の結果、取り分け理科に関わるあたりが記事化されていたのですな。
設問のひとつとして「理科の勉強は楽しいか」を尋ねて、YESの回答は小学生で92%、中学生で70%であると。で、「理科は得意か」を尋ねますと、YESの回答は小学生で86%ながら中学生では47%になったという。楽しいと思っている割合は小中ともに、そして得意だと考えている割合は小学生で、それぞれ国際平均を上回っているのですから、日本にも「科学の子」の卵が見いだせるような気がしますけれど、中学生では理解が得意というのは半数以下に落ち込んでいるのが気になるところでありましょうか。
そも「楽しいか」と訊いて中学の7割というのも微妙なところのような気がしますが、「楽しいことは楽しいのだけれど…」という心底が些か窺えるような。考えて見れば、個人的に「文系頭」と言って憚るところのない(自慢できたものではありませんが)我が身を思い返すに、なんとはなし、この回答は「分かるなあ」というものであって、子供(小学生)の頃には観察やら実験やらで思いもよらぬ結果が出て来たりする理科には、素朴に興味津々だったのでもあろうかと。それが、だんだんと理屈っぽくなるにしたがって、敷居がどんどん高くなっていったと思い出したりもするのですよね。
結果、(記事では中学生の結果しか扱っていませんけれど)中学生の回答として「理科を勉強すると日常生活に役立つ」と考える割合は65%に、「理科を使うことが含まれる職業につきたい」という割合に至っては27%になってしまうのですなあ。
このあたり「理科離れ」というひと言で言われてしまうわけですが、過去を思い返して気付くように、今始まった話ではなかろうなとは思うところです。小学校時代、夏休みの宿題には決まって「自由研究」のようなものが出されて、その点は今でも続いているのではと推測しますけれど、小学生の自由研究は要するにどんな教科に取り組んでもいいにも関わらず、理科に関わるものが多く選ばれていたような気がするのですよね。例えば、昆虫採集とか天体観測とか。
それって、宿題ではあるもののやっていて楽しいものでもあったような。それが何かしらの躓きを経て、苦手なものになっていく。教え方の工夫てなことを言いますと、個々の教員に帰するところになってもしまいますが、教員は教員で学習指導要領に沿っていて教えるべきことは教えなくてはならない。生徒に消化吸収されるのには個人差があって、なんでもかんでも「みんな、分かったね」という段階を待ってはいられないということもありましょう。
それぞれの教科を体系的に、小中高と徐々に高度な内容を教えていくというのは分かりますけれど、理科・数学に限らず、ある教科を苦手だ、面白くないと思わせてしまうプログラムの組み方ってどうなのかなあと思うところです。も少しゆっくりであっても、面白いという意識が持続されるようであれば、そのうちに黙っていても面白さに釣られて継続的に知識を吸収していったりもするものなのではないですかね。それこそ、学校を離れた大人となっても。
それぞれの個人にとってはその方がいいようにも思うところながら、それでは国際社会に太刀打ちできん!といった国のメンツみたいなものが邪魔をするのかも。それが教育を前のめりなものにもしている気がしますが、公教育って本来はそういうものではないような気もまたするところですなあ。
今のご時勢、夏休みの自由研究をチャットGPTに頼るなんつうことも取り沙汰されますけれど、そも自由研究の課題を見つけ出すこと自体、そしてそれに取り組むことももちろん、子供たちが楽しいと感じて向き合うようにできれば最良なのでしょうなあ。ま、それができにくい状況にあるからこそ(昔から続いているとは思いますが)そうなっていない、チャットGPTに頼らないではできないてなことでもあるのかもしれませんですね。
「夏休みは楽しみだけれど、自由研究あるしなあ…」と思っている子供たちがいるとして、「自由研究があるから夏休みは楽しみ」てなふうになる日が来るのでありましょうか。…と、齢をたくさん重ねた今頃になって、自由研究としてまとめるには打って付けのJAXA見学やら国立天文台見学に出かけている者が入道雲の湧き立つ遠い空を眺めつつ、思い巡らしたものなのでありました。
…というところで、ここら辺で自らも夏休みを頂戴することに(もはや毎日が日曜日のような状態の者が言う話ではありませんが…笑)。しばし山梨県北杜市小淵沢のアパートに滞在してこようと考えておりまして、今回はアパートを譲り受けた前の住人の来訪があることになっていますので、記事更新が停滞するでしょうから、いっそのことお休みと。ま、折に触れて時間があれば、突如として姿を現すことがあるかもですが、差し当たってはざっくりと今月半ばまではお休みと申し上げておきたく存じます。ではでは、しばしの無沙汰をいたします。