スパリゾートハワイアンズフラ・ミュージアムの話がまだ続くのか?…でもありましょうが、常磐炭礦以来の施設の歴史とともにミュージアムの展示で忘れていけないのが「フラ」に関する解説ではなかろうかと。そもそもからして「フラ・ミュージアム」なのですしね。もそっとだけ、お付き合いくださいまし(笑)。

 

 

「フラ(ダンス)」と言いますと、髪に大きな花を挿した南国の女性が腰みのを付けてひらひら踊る…というくらいにしか思い浮かばないわけですけれど、多くの民俗舞踊が神と関わりがあるように、フラもまた例外ではないようですな。解説に曰く「フラは昔、神々に対する、体を用いた感謝の表現」であったと。始まりはハワイ島にいたホーポエという女性らしいのですが、おそらくはシャーマンでもあったのでしょうか…。

 

この伝承はいわば神話的なところでもありましょうから、フラがいつ頃からあるとははっきり言えないのでしょうけれど、記録として残されているのはキャプテン・クックが1779年に残した記載であるそうな。ただ、クックはどうもハワイ独自の珍しい楽器の方にこそ目が向いていたような。ただ踊り手はもっぱら男性のようで、後に思い描くフラとはちと異なるような気がしますですね。

 

 

ただ、これこそが伝統的なフラ(「フラ・カヒコ」というらしい)なのかもです。解説によれば「19世紀の後半になると、華やかで、その時代の新しい文化を取り入れたフラがハワイ社会に広がりはじめ」たということなのですな。こちらは「フラ・アウアナ」と呼ばれるようです。

 

 

そんな変化の時代を経て、19世紀末から20世紀初頭ころに撮られた写真はまさに元祖フラガールでもありましょうか。女性の踊り手が着目されるようになったことは現在までもフラのイメージを作り上げてきたのかもですなあ。こんなイラストは冒頭に記した想像とぴったりだったりもして。

 

 

とまあ、そんな具合に「フラ」の紹介(実際にはもっともっと詳細に解説してくれているのですけれど)を巡って見た後、今度は日本の「フラガール」、それも映画の関係資料が展示されておりましたよ。

 

 

映画をご覧になられた方ならば、これらの衣装などには「おお、あのときの!」と思い当たるのではありませんですかね。

 

 

正面に二つ並んだ衣装は松雪泰子と蒼井優が身に付けていたものでありましょう。ちなみに、松雪演じた平山まどかのモデルとなった人物はこちらの左側。お隣は蒼井演じた紀美子のモデルだそうで。

 

 

映画の中の平山まどかはずいぶんと散々な役どころでもありましたけれど、実際のモデルの方は「あの頃私は湯本に2連泊して横浜へ戻る繰り返しだった」と仰ってますので、借金取りから逃れて炭鉱住宅に逼塞しているような、そんな人ではなかったようで(笑)。ご本人的には苦笑だったでしょうなあ(では、すまないか…)。

 

ということで、思いがけずも3回にも分けて書いてしまったフラ・ミュージアムの見聞記、ようやっと方が付きましてございます。