先日、図書館でたまたま目を止めた『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』を読み、作者自身が脚本に携わって映画化された『スモーク』をも見たところで、久しぶりにポール・オースターの長編を読んでみようかなと。

 

「久しぶりに」と言いますのは、あまりひとりの作家を追っかけたりしない方ながら、ひと頃はオースター作品を集中的に読んだことがあったもので。今考えると、30年余りも前のその頃に初めてニューヨークに出かけたりしたこととも関係があるような気も。何かしらのとっかかりがあって、アメリカに向く目を持っていたのでしょう、たぶん。オースターの初期作には「ニューヨーク三部作」てなふうに言われるものもありますし。

 

とまあ、それはともかく、今回はオースター作品としては近作(翻訳されたものでは最も新しい?)一冊、『サンセット・バーク』を手に取ってみたのでありました。

 

 

ニューヨーク、ブルックリンの廃屋を、勝手にシェアハウスとしてそこに暮らす男女4人は、それぞれに曰くありなわけなのですな。ひとつ屋根の下で生活する仲間的意識で集うこともあれば、それぞれがそれぞれの殻(孤独)を持って、お互いにそれを敏感に察知しているようす。触れないことには触れない。それは自分も触れて欲しくないから。そういう領域があるわけですな。

 

このあたりはとても現代的、といって昨今始まった傾向でもないでしょうけれど、大勢が集ってわいわいパーティーみたいな面が、とてもアメリカ的に思えるところ(もはや過去であるのか…)がありますけれど、都会の現実はさまざまに陰を抱えるようでもありますね。これを淡々と描くオースター、ドライな空気感はなんとも言えないものがあります。

 

ところでこのお話の中には、1946年制作と古い作品ですけれど『我等の生涯の最良の年』という映画のことがたびたび出てくるのですなあ。シェアハウスの住人のひとりが、これを題材に博士論文を書いていて、それに関わって、直接間接に登場する人物たちがこの映画を見たり、あるいは感想を述べたりしている。その中では、こうしたことが語られたりも。

いい映画だと思ったよ、俳優たちの演技も達者だし、世界大戦から帰ってきた兵士たちがいずれ市民生活に適応するはずだと アメリカ国民に納得させるための魅力的なプロパガンダ映画だ。まあ途中いくつか厄介もあるでしょうけどいずれはすべて 上手く行きますよ、何しろここはアメリカなんですから、アメリカはすべてが上手く行くんですから、というわけさ。

見たことのない映画ではありますが、極めて評価の高い作品とは何となく知っている。まあ、単純に言ってアカデミー賞の作品賞始め9部門受賞というだけでも、米国でよほどの歓迎を受けた作品であったとは知れるわけです。

 

さりながらこの映画に対してこの感想とは、果たしてどんな内容であったのか、当然にして気になるところですので見てみることにしたのでありますよ。

 

 

第二次大戦が終わって、故郷ブーンシティに帰った3人の復員兵。戦友意識を持ちながらも、日常に帰ってくればみな環境も立場も大いに異なるわけですが、それぞれに抱えた戦争の傷を乗り越えて行く姿が描かれていて、なるほど戦後早々のの時代、これは歓迎されたであろうなあというお話なのでありました。

 

『サンセット・パーク』で言及されていたように、いろいろあるけど結果的にはうまく行くんだよ、ここはアメリカだから…という言外のほのめかしは確かにありましょう。ただ、それがプロパガンダとまで言えるかどうかは考え方ですけれど、この映画が作られて70年余りが過ぎ、リアルタイム現代の感覚からすると、ここでの「アメリカ神話」には疑義を差しはさみたくもなったりするかもしれません。

 

でも、(3時間近い長尺ながら)いい映画だとは思いましたですよ。確かに今から思えば夢物語なのでないかい…的でもあるものの、この年月の間に「置き忘れてきたもの」、何もアメリカの人たちにとってばかりではありませんが、

そうしたものに思いを馳せるのは決して悪いことではなかろうと思ったりしたものですから。

 

背景となっているのが復員後のアメリカ事情になりますので、そこには複雑な思いも絡んではきますけれど、それでも見る価値は今でもあるように思ったところでありますよ。

 

ただ、当のアメリカでは「そんなこと、言ってられるか」というくらいに、世の中が様変わりしているのかも。オースターの小説に立ち返ると、さりげなく、その実、かなり(ニュース番組で今のアメリカの状況を見たりするところから思い巡らす以上に)深刻に人々の心に影を差しているのかもしれませんですね。