手にした岩波新書のタイトルは『視覚化する味覚』というもの。
これを見たときに、「まさに現代において味覚は視覚化しているのでもあるか」と考えたものです。
タイトルには「食を彩る資本主義」と添えられておりまして、
またここでも資本主義が「やってくれちゃっている」のだあねと思いましたですよ。
確かに資本主義経済の下では大量生産・大量消費という歯車の動きを止められないわけで、
これが「食」に関しても全く例外ではないとは、先に見たドキュメンタリー映画『ありあまるごちそう』などからも
知れるところでありますな。その「売らんかな」主義、という以上に「買わせんかな」主義の戦略として
「視覚に訴える」作戦があり、食べものについてもまた、というわけなのですなあ。
しかも、これが20世紀に至る以前から、その傾向はあったとなりますと、
ことは現代に限った話では無かったようでありますよ。
例えば果物のオレンジです。
果物のオレンジといえば、いかにもな鮮やかなオレンジ色=おいしそうとなるところながら、
これも「売らんかな」の刷り込みによる結果であるようで。
米国では気候の温暖なフロリダとカリフォルニアがオレンジの二大産地として知られていたものの、
フロリダ産よりカリフォルニア産の方がオレンジ色が鮮やかであったそうな。
共に温暖とはえ、秋の収穫期に幾分冷えてくる度合の高いカリフォルニアでは
その気温差でもってオレンジ色に色づくのに対して、フロリダは収穫期に至ってもまだ暑さが残っている。
実りの時期を迎えながらも、気温の関係でフロリダではオレンジ色が鮮やかさを増す前に出荷しないと、
熟しすぎてしまうのだそうです。
そこで、市場には色鮮やかなオレンジとそれほどでもないオレンジが出回り、
いずれも熟したオレンジであって、かつてはそれぞれに受け入れられていたようなのですね。
取り分け米国東部においてはフロリダからの方が輸送コストが安く済むわけですし。
ところが、カリフォルニアの生産者組合が販路拡大のため、同州産のオレンジのブランド化を考えたのですな。
日本にも知られたブランド名だと思いますが、「サンキスト」というもの。
「太陽にキスされた」という言葉のもじりのようですけれど、
太陽の恵みをたっぷり受けておいしく育ちましたということを、鮮やかなオレンジ色の果実を描いた広告で
全土の消費者に訴えかけたということで。
この結果、オレンジは当然にオレンジ色が美味いのだという刷り込みを生んで、
フロリダの農家にも「オレンジ色でないと売れない」と考える向きが出てくるのですが、
気候の違いでオレンジ色になるのを待っていられないフロリダで、
(あれこれの紆余曲折は端折りますが)利用されるようになるのが「合成着色料」であったと…。
この流れを見て、行きついた先が合成着色料とは「うむむむ…」と思うところですけれど、
これは何もオレンジに限ったお話でありませんで、例えばもうひとつの例がバターでありますよ。
バターもまた当然のように「黄色い」ものと思ってしまうところながら、
夏草と冬草と、牛が草を食べる時季によって、それぞれに生乳から作られたバターには
色の違いがあるようです。これは、食べる草の種類などによっても、また家内工業的に作られていた時期、
その作り方によってもバターの色は一律ではなかった、かつてはそれが当たり前と受け止められていたと、
そういうことなのですなあ。
さりながら(といって、またあれこれの紆余曲折は省きますが)バターの安価な代用品として
マーガリンが登場するに及んで、よりそれらしいと思われる「黄色」の着色争いが生じたようです。
バターは一律に「黄色」を売りにし、一方でバターに負けないたけにはマーガリンも黄色であることを目指し、
儲かったのは着色料の会社なのではと思えるようすにもなっていったようで。
果ては、バター側はマーガリンに黄色の着色料の使用を禁じようとしたりするのですが、
その時のバター側の言い分としては「自然のまま」の色で勝負しろよ!ということであったとか。
考えてみれば、バターの側も本来は一律黄色でないというのが「自然のまま」のはずながら、
このときには「バターは黄色」がすでに定着していたのでありましょう。
オレンジも「自然のまま」にオレンジ色であるわけではありませんし、
バナナも黄色が当たり前と思いつつ、しばらく前に読んだ『バナナの歴史』を振り返っても
いろいろと野生種がありますし、本書にもレッドバナナが紹介されていたように、一様に黄色というわけではない。
それが本来的な「自然のまま」でもあろうかと。
ですが、色に限らず形の点でも、型崩れの野菜を見かけなくなると、
曲がっていたりする品が何だか劣ったものに思えてきたりもしてしまう。これも刷り込みですなあ。
気が付けば「売らんかな」、「買わせんかな」にまんまと絡めとられておるなあと、
つくづく考えたものでありますよ。