ふとバナナを食そうとして房にシールが貼ってあるのに気が付いたのですね。

チキータ・バナナの青色ラベルでもなく、ドール・バナナの太陽マークでもなく、

はたまたデルモンテ・バナナの赤色ラベルでもない。

 

これらはバナナが舶来のフルーツであるものとして、かつて今よりも格段にありがたみがあった頃、

しきりに見かけたシールですので、印象深く記憶に残っているわけですが、今回見かけたのはこのような。

 

 

ロゴは配されておらず、単に数字と文字が並んでいるだけですが、

どうやらこれは食べようとしていたバナナを作った農家の方の顔が見える番号だというのですな。

 

近頃はスーパーでも「だれそれさんちの野菜」といった生産者の顔が見えることを「売り」にするケースは

まま見受けるところですが、それがバナナでもできる。ホムトン・バナナのサイトにシールの番号を打ち込めば、

「おお、この人か!」と。バナナ一本に、とてもありがたみが増すような気がしましたですよ。

 

ところで、このホムトン・バナナとはこれまで聞いたことがありませんでしたけれど、

どうやらタイの農家による無農薬栽培のバナナを一手に引き受け扱っている業者のようですな。

まあ、この手の情報を一概には鵜呑みにできないという、実に世知辛いご時世ではありますが、

こうして作り手が顔を出し、「副業で農業をしています」といったコメントが妙に現実味があるような。

 

なにしろ(バナナの話ばかりではないのでしょうけれど)かつてフルーツ帝国を作り上げた米国大企業などが

中南米を相手にさんざん搾取に及んだことが知られておりますので、いささか穿った目で見てしまうわけですが、

それも単なる思い込みではなかったのであるなとは、こちらの本を読んで考えた次第でありますよ。

 

 

チキータ・バナナのブランドで知られたアメリカのユナイテッド・フルーツ社(現在はチキータ・ブランド社)は

1928年、コロンビアで起こった「バナナ大虐殺」に大きく関わっていたりするのですなあ。

 

バナナ・プランテーションの働き手たちは労働条件の改善を巡って起こしたストライキに対して、

ユナイテッド・フルーツ社は米政府に軍の介入をちらつかせるよう画策し、

米軍に乗り込まれてはたまらんとコロンビア軍が独自の鎮圧を開始することとなったところ、

これがとんでもない虐殺を巻き起こしてしまった。コロンビアでは死者47名と言われるも、

実際には2,000人もの死者が出たということでもあるようで。

 

まあ、この手の話はコロンビアにとどまらず、バナナ・プランテーションを抱えた中南米諸国を

「バナナ共和国」と呼ぶことがあるようですけれど、これはもっぱら政治用語化してもいるようで。

 

この言葉は、小説家オー・ヘンリーが本名で発表した作品「キャベツと王様」で使われたのが始まりとか。

ですが、その後に使われるようになった意味合いをWikipediaで拾っておくとしましょう。

バナナなどの第一次産品の輸出に頼り、主にアメリカ合衆国などの外国資本によってコントロールされる政情不安定な小国を指す政治学上の用語。

中南米は大航海時代以降、砂糖カカオコーヒーなどさまざまなプランテーションでもって

植民地支配を受けてきましたけれど、バナナに及んでは遅れてきた帝国主義の国アメリカの

餌食にされてしまっていたということになりますですね。

 

と、読んだ本のタイトルは「バナナの歴史」で、こうした世界史の中でのありようが書かれているばかりでなく、

バナナが大衆化した過程などにも触れており、そちらもまた興味深いところではありました。

 

ですが、もっとも驚いた?のは、野生種バナナの実の断面でしょうか。なんと種がごろごろ入っているとは。

ふだん何気なく口にしているものながら、そうした今に至る歴史の中では、そのものと取り巻いて実に

さまざまなことが起きていたことを知るのは、当たり前に疑問を持つことにもつながりますなあ。

物事へのこうした臨み方、かなり大事なことのように思うのでありますよ。