武蔵野美術大学美術館で見た「アートブック」という比較的新しいものの傍らには、
MAU M&L(ムサビでは美術館(M)と図書館(L)の建物が一体となっている)の貴重書を
展示するコーナーが設けられていたのですな。こちらは至って古いものです。
技法の歴史的変遷をたどりつつ、「版画による挿絵や図版表現の優れた書物を厳選し」たという展示が
見られるわけでありまして、板目木版と木口木版の違いなどに今さらながら刮目することになった次第です。
こちらはグーテンベルクの活版印刷以前、挿絵はもちろん文字もひとつひとつ彫り出して
版木が作られていた頃のものですな。「貧者の聖書」、つまりは文字を読むことのできない民衆に対して
聖書の教えを絵解きで教えようというもの。まさに活版印刷の発明後、たくさん発行されたことでありましょう。
ちなみに下は嵯峨本「伊勢物語」と。こちらも版の全てが手彫りであるわけですね。
その後活版印刷が使われるようになっても、
挿絵部分は活字組みと併せて使いやすい木版が用いられますけれど、
絵というか、図解としての細密描写はどうも銅版画には敵わないのですよねえ。
これは「百科全書」に掲載された銅版画による挿絵ですな。
これを木版で彫り出すのはとてもとてもと思うところです。
また、絵ハガキ代わりに土産物として持てはやされたピラネージの絵なども、銅版画の細かさあってこそかと。
さりながら、ひとつのページを刷り出すのに、銅版画では活字組みと併せては使いにくいところでして、
そこで工夫されるのが木口木版でありますね。古くからの木版は一般に板目木版であって、
木材を縦に割った面を使って、木目に逆らわない分、彫りやすいのがメリットでしたけれど、
逆に柔らかい分、細かな描写には向かないというデメリットがあったわけですね。
これに対して木口木版は木材を横に切ったときに出てくる、ぐるぐるの木目丸出し部分を使いますから、
堅い、彫りにくい。ですが、これで反って細かい描写が出来るということになるようで。
見えにくくて申し訳ないですが、この本の鳥を描いた挿絵など、細密さの点で実に頑張っておりましょう。
これ、木口木版によるものだそうでありますよ。
ところで、単に本の挿絵というに留まらない版画の芸術性志向は高まる一方でもあったかと。
上のピラネージの細密さは感心しきりながら、メゾチントによるターナーの空気感、よくぞここまでと思うところです。
そしていよいよ多色刷りの世界が登場するわけですけれど、1798年に登場したというリトグラフ。
この凸版(主に木版)でも、凹版(主に銅版)でもない平板画と言われる手法に多色刷りが生み出されたのは
1837年であったそうです。白黒テレビしか見たことが無い人が初めてカラーテレビを見た以上に
当時の人々は目を瞠ったのではないですかね。
多色刷りの技法が誕生して17年後の1854年に発行されたという『装飾の文法』、
展示された一冊はその10年後に出た仏語版だそうですが、なんともカラフル(文字通りですな)なこと。
表現の多様性は格段に増したことでありましょうね。
こうしたことから近現代の版画、造形芸術につながっていくのでしょうけれど、
ここから先、「20世紀 芸術家による版表現の諸相」というコーナーでは接写は不可ということで。
そも展示が企図した深い話に入り込むでなしに、版画の上っ面を撫でてきただけでしたが、
それはそれで興味深く見てきたものなのでありましたよ。