「ゲルニカ」と言ってまず思い浮かべるのはピカソの作品名ということであって、
それが地名であるということも、作品名ほどには知られていなかったりするかも。
そうは言いながらもスペイン内戦のことをさほどよく知っているわけではありませんでしたので、
こんなことになっていたのか…と。映画「ゲルニカ」を見て思ったところでありますよ。
あらすじをば、Amazonの商品解説に頼ってみますとこのように。
1937年、スペイン バスク地方ゲルニカ。
その地でナチスによる無差別爆撃が開始される。
アメリカ人ジャーナリストのヘンリー(ジェームズ・ダーシー)はスペインで取材活動をしていたが、ジャーナリストとしてのプライドを失いかけていた。 共和派の記事検閲機関で働くテレサ(マリア・バルベルデ)は、ヘンリーの過去のジャーナリスト活動の実績を知っていることから、彼にスペインのありのままの現状を記事にしてほしいと頼むが・・・。
ゲルニカ空爆 は史上初めて市民に対して行われた無差別爆撃であったとして、
この衝撃的な出来事がピカソの作品を生み出すエネルギーになったとは
以前にも触れましたけれど、これをしでかしたのがフランコ側に与した
ナチス・ドイツであったとは知りつつも、その飛行機がどこからやってきたのかを
これまで考えてもみなかったのですなあ。
もしも問われたならば、ドイツの飛行場からでしょうというくらいに答えたことでしょうが、
実際のところはフランコ側反乱軍に実戦配備の軍団が派遣されていたのであるとは。
そして、ゲルニカ爆撃も現地スペインの飛行場から飛び立った飛行機が縦横無尽に
空爆を行ったのであると。
されど軍事拠点でもない都市がかかる爆撃の対象となったのは?と思うところですけれど、
Wikipediaにはこんなことが紹介されておりましたですね。
ゲルニカにはバスク地方の自治の象徴であるバスク議事堂とゲルニカの木があり、歴代のビスカヤ領主がオークの木の前でフエロ(地域特別法)の遵守を誓ったことから、ゲルニカはバスクの文化的伝統の中心地であり、自由と独立の象徴的な町だった。
ジャン=ジャック・ルソーは「ゲルニカには地上で一番幸せな人びとが住んでいる」とまで
言ったそうですが、そうした象徴性ある場所を狙って、気持ちを挫く作戦だったのでしょうか。
とまあ、そのようなゲルニカ空爆を背景に、映画の物語は作り出されているのですけれど、
アメリカ人の新聞記者は人民戦線政府側(要するに反フランコです)にいて戦争取材をするときに
いわゆる当局の検閲を受けることになるのですね。
このことだけを見ると、これはフランコ側なのか…?と思うところながらそうではない。
ではありますが、フランコ側にドイツ、イタリアが肩入れしている反面、政府側には
例えばヘミングウェイがよく知られているますけれど義勇軍の参加があったと同時に
ソ連が付いていたのですなあ。そして、検閲官もソ連から派遣されていたようなのでなあ。
海外記者が戦況を伝える記事を送ろうとして、
「政府側に不利ととられかねない情報は記事にしてはならない」と言うあたり、
ああ、いかにもソ連らしい対応でもあるかなと思えるところですし、
これに逆らうような行動は反政府分子として拷問されるといったことまで出てきますと、
この人たちを頼みにするというスタンスがあっていいのだろうかと思うところです。
もっとも、じゃあ、反対側はといえば、ファシズムなのですよねえ…。
ここまで見てきますと、あたかも独ソ戦の様相さえあるような気がしてくるところです。
1939年段階では独ソ不可侵条約を結んで世界をあっと言わせるドイツとソ連ですが、
早くからスペインでの直接的対峙があったことを考えてみれば、
この条約が単にポーランドを分け合うという一点でだけ共通利害に達しただけで、
1941年に独ソ戦が始まることの方がよほど理解しやすい(?)ような気がするのではなかろうかと。
そんな複雑怪奇な世界情勢の中で、とんだとばっちりを被った形のゲルニカ。
その爆撃シーンもことさら過度な描き方でなく、映画では伝えていましたが、それとの対比でしょうか、
爆撃に至る日々、そしてそこにある風景の写し方がとてもきれいな映画でしたですね。
激しい戦闘シーンを作り出すばかりが描き方ではないなと改めて思ったものでありました。