昨今の状況からアメリカでの黒人差別の話に及んだのではありませんで、

たまたま映画「LBJ」を見たことであれこれ考えたわけですけれど、

こと「差別」に関してはアメリカばかりの話でなく、世界中にある話ではありましょう。

黒人のみならず人種の差別を対象としたデモが世界に広がっていることでもありますし。

 

ですから、必ずしも過去の話としては適当ではないものの、

過去には過去で明らかな差別があったのだなということを知っていてもいいわけでして、

本来の描きどころがそれを主眼にしていたかどうかということはありますが、

映画「奇蹟がくれた数式」を見て、また考えたものでありますよ。

 

身分も国籍も違う、正反対のふたりの天才数学者。イギリスの伝統とインドの神秘が出会い、歴史を揺るがす奇蹟が起きる知られざる涙と感動の物語!

とまあ、このようにフライヤーにありますけれど、

インドでしがない事務員をしているラマヌジャン、こういう人こそ天才なのではなかろうかと。

「いったいどうやってそんなに公式が思い浮かぶのか」という問いに対して、

ふっと公式が降りてくるのだから説明のしようがないてなことを言うのですよねえ。

やっぱり天才は理屈では割り切れない存在なのであろうと思うところです。

 

さりながら、その公式が正しいのかどうかは証明して見せなくてはならないと、

周りから迫られて戸惑うばかりのラマヌジャン。何しろ彼にとっては、

思いついた公式は神の恩寵のようなもので誤謬のあるはずがないものなのですから。

 

まあ、迫る側としてはケンブリッジの権威を背負った名だたる数学者であって、

インドのどこかしらからポッと湧いて出たような事務員ふぜいの思い付きが正しいはずもないと考えて、

そんなに言うなら証拠を見せろ!てな扱いなわけですね。

 

これがイギリス人同士で、しかも階級的に一目置かれるような者であったら、扱いは違ったのでしょうけれど、

数学という関わりの中だけでなく、愛妻を残して故郷を離れ、食事にも習慣にも大きな違いがあり、孤独にも苛まれる中、

ラマヌジャンはすっかり体を壊してしまい、結局のところインドには帰るのですがほどなく亡くなってしまうのですな。

のちにラマヌジャン自筆の公式はニュートンのものなどと並んで、ケンブリッジの図書館に展示されるという、

正当な評価と扱いを受けるようになるものの、そのときにはすでに本人はいない…。

 

天才と呼ばれる人たちは、どこかしら特異な性質を持っていることもあり、

生きにくい世の中を生きていることになるのかもしれませんkれど、それが故にいろいろな意味で疲れを感じるのでしょう、

どうにも早世することが多いような気がしますですね。皆が皆、そうではありませんですが。

 

ただ、このお話の時代背景は20世紀初頭なのですが、そうした頃でもまだまだインドは大英帝国の支配下にある属国であって、

イギリス人のインドの人々への相対し方はやはり差別的であったであるなと改めて。

 

ケンブリッジの学者うちではさすがに身体的な虐待を受けたりはしないものの、

時は第一次大戦下、イギリス人の若者がどんどん戦地へ向かって還らぬ人となってしまったりしてる中だけに

ラマヌジャンは街中でやおら暴力をふるわれるのですな。

戦争で大変なときにインド人がのうのうと道を歩いていやがってと、完全にとばっちりなのですけれど、

根底には自らの側の優等意識があってのことではありましょう。

 

そういう時代であったからこそ、こちらの話はもう少しだけ時をさかのぼりますけれど、

映画「ヴィクトリア女王 最期の秘密」で女王ヴィクトリアがインドから来た若者アブドゥルをいたく気に入り、

あたかも友人のように傍に使えさせたという、これまた実話ベースということですが、

取り巻く人々の困惑は尋常ではなかったろうと推測できますよね。

 

 

まあ、インド人青年を重用したからといって、ヴィクトリアには何の偏見も差別も無かったなどと思いはしませんが、

おそらくは女王にとっては「ローマの休日」的なひとときを過ごす最後の機会ということでもあったのでしょう。

 

英国女王として、インド皇帝として持ち上げられるだけ持ち上げられるも、日々は形式ばった毎日の繰り返し、

気が付けばすっかり歳をとってしまい、もはや何の楽しみないと感じていたところに、

やおら生じたマイブーム、それがアブドゥルとの日々ではなかったかと。

 

インドの言葉を教えてもらったりしながら、「インドのことを何も知らなかったわ」と言うヴィクトリア。

これって、インドの現地の人たちが知ったらどう思うかな…という言葉でもありますが。

 

人と人とが理解しあうのはなかなかに難しいですね。

全く情報無しに素の状態であってもそう思うときがありますけれど、

そこにあらかじめできあがった先入観ありきで相対するとなればなおのこと。

文化や習慣の違いにも「なんだこりゃ?」と思うことがあるわけで、

その違いを優劣の尺度で見てしまったりすることがありがちですものねえ。

 

もっとも、違いをそのままに受け入れにくいというのは差別をしている側ばかりではないのだなと思ったのは、

「奇蹟がくれた数式」のラマヌジャンの母親のひと言でしょうか。

英国に渡航することになったラマヌジャンに対して「向こうの食べ物は毒ばかりだから気をつけて」と。

 

食文化も地域によって大きく異なるわけで、宗教上の禁忌に触れたりするような違いがあったりも。

そうした違いもまた文化の違いとして互いに受け入れることが無いと始まらないのでありましょう。

こうしたことを書きながら、文化の違いを奇異な目でみたり、面白おかしく受け取ってしまったりがある自分に気付き、

とにもかくにも気付くこと、知ることは必要であるなあと思ったものでありますよ。